心の病気と脳の関係

心の病気を治すのに、カウンセリングと聞くと納得しますが、薬というと抵抗がある人もいます。「何で見えない心の治療に物質である薬をつかうのだろう?」と疑問に感じるのです。また、心に影響を与える物質と言えば、麻薬やアルコールを連想する人も多く、「辛いことを薬で誤魔化している」と勘違いしている人もいます。

脳と心には密接な関係がありますが、まだ十分に解明されていません。脳の働きが心をつくっているという考えを唯物論と呼びます。また、脳と心は別の存在で、お互いに影響しあっているという考えを心身二元論と呼んでいます。

日本人のほとんどは唯物論を信じていて、唯物論の脳科学者もたくさんいますが、実際には証明されていません。しかし、唯物論にしても、心身二元論にしても、脳の働きと心の動きには相関関係があることは事実です。脳の働きに異常がみられると、心も不安定になります。


脳の働きで重要な役割を果たしているのが、神経伝達物質と呼ばれる物質です。およそ20種類の神経伝達物質が、脳の中でバランスよく分泌されることで脳の活動が維持され、心の安定も保たれています。

これらの分泌のバランスが悪くなると、心も不安定になり、ついには心の病気になります。ですから、薬を使って神経伝達物質のバランスを整えると、心の病気も回復に向かうのです。


それでは、どのような神経伝達物質があり、心の病気に関係しているのでしょうか?今回は、セロトニン、ドーパミン、ノルアドレナリン、GABA(ギャバ)という、心の病気に関係する代表的な4つの物質について説明しましょう。





1 セロトニン・心の安定

セロトニンは、他の神経伝達物質の分泌を調整することで、脳の働きのバランスを保ち、心を安定させる役割があります。そのため「幸せ物質」とも言われています。

ストレス、心配事、緊張が長く続くと、セロトニンの分泌が少なくなります。すると脳のほぼすべての機能は低下し、心の安定が崩れます。不安や焦りが出てきたり、自律神経失調になり体調も悪くなります。

うつ病、パニック症、不安症、強迫症、過食症は、セロトニン不足で起こります。それ以外のほとんどの心の病気も、このセロトニン不足が関わっています。


セロトニンを増やすためには、SSRI(エスエスアールアイ)という薬がよく効きます。SSRIには、レクサプロ、ジェイゾロフト、パキシルなどの種類があり、うつ病、パニック症、不安症、強迫症、過食症に広く使われています。


日常生活で、セロトニン不足を解消するためには、まず十分な睡眠です。それから、規則正しい生活、バランスのよい食事、運動、日光に当たることも大切です。瞑想やヨガにもセロトニンを増やす効果があります。瞑想と聞くと宗教的なものをイメージする人も多いと思いますが、最近では、宗教的な要素をはずし、リラックス健康法としてのマインドフルネスが広まっています。

脳は特殊な膜に包まれているので、セロトニンが含まれているものを食べても脳には届きません。トリプトファンというアミノ酸を原料にして、脳の中だけで作られています。ですから、トリプトファンの含まれている豆類、肉、魚などを多めに食べるのがよいでしょう。



2 ドーパミン・喜び

ドーパミンは、喜びを感じる物質です。「快楽物質」と呼ばれており、脳を興奮させる作用があります。麻薬やアルコールは、ドーパミンを増やすことで気分がよくなります。甘い物、買い物、ゲームやギャンブルなどで気分がよくなるのもドーパミンが増えるからです。ただし、増えすぎると躁状態になったり、幻覚や妄想を感じる人もいます。

統合失調症や双極性障害の躁状態は、ドーパミンの分泌が増え過ぎた病気です。治療には、ドーパミンを減らすための、リスパダール、エビリファイ、ジプレキサなどの抗精神病薬が使われます。





3 ノルアドレナリン・やる気

ドーパミンは代謝されて、ノルアドレナリンという物質に変わります。これは、集中力を高め、脳のパフォーマンスを高めますので、やる気を出す物質です。交感神経を興奮させて、闘うモードにしてくれます。ただし、ノルアドレナリンが分泌され過ぎると、怒り、恐怖、パニック発作につながることがあります。

うつ病やADHDの人に、集中力の問題が出ることがあります。これは、ノルアドレナリン不足があると考えられており、ノルアドレナリンを増やす薬が使われることがあります。



4 GABA(ギャバ)・心を落ち着かせる

GABAは、サプリやチョコレートの名前で聞いたことがあるかも知れません。脳の興奮状態を抑えてくれる神経伝達物質です。これが多く分泌されることで、不安や焦りをなくし、気分を楽にしてくれます。自律神経を整え、血圧を下げるなどの働きもしてくれるのです。抗不安薬や睡眠薬は、このGABAを増やす作用があります。

セロトニンのところでも説明しましたが、脳は特殊な膜に包まれているので、サプリのGABAを食べても直接脳には届きません。ただし、食べたGABAは、腸の神経と反応し、それが脳に伝わり、脳のGABAを増やすように働きかけてくれます。


私たちは、気持ちが辛い時、アルコールを飲んだり、甘い物を食べたり、買い物をしたり、ゲームをしたりと、生活に刺激を求めます。これは一時的にドーパミンを増やして、快楽で辛い気持ちを解消しようとしているのです。

しかし、快楽による解消法だけでは、いつの間にか脳の物質のバランスが崩れてしまい、むしろ心の安定は崩れてしまいます。それどころか心の病気になる可能性もあるのです。麻薬の例をあげると分かりやすいと思います。麻薬は、ドーパミンを大量に増やして快楽を感じられますが、何度も使っていると、脳の物質のバランスが崩れ、いつのまにか依存症になったり、人格も崩れてしまうのです。

また、精神科の薬を麻薬と同じと考える人もいますが、麻薬のように快楽物質を無理やり増やすものではありません。今回説明したように、神経伝達物質の過不足を調整するために用いられるもので、医師の指導のもとで安全に服用できます。



心を安定させるためには、何よりも、セロトニンを増やすような生活を送ることが大切です。セロトニンのところでも説明したように、具体的には、十分な睡眠、規則正しい生活、バランスの良い食事、日光に当たる、運動をすることです。瞑想やヨガもおすすめです。