親を恨んでいるけれど、好きな人

今回のテーマは「親を恨んでいるけれど好きな人」です。


この言葉を聞いて「まさに自分のことだ」と感じる方もいるかもしれません。親に対して深い恨みを持ちながらも、心の奥底では嫌いきれない、むしろ好きでいてしまう。この矛盾した気持ちは、多くの人が苦しむテーマです。


親子という関係はとても特別です。私たちは生まれた瞬間から親に依存し、愛情を求めて生きてきました。しかし、その親が必ずしも理想的な存在とは限りません。ときに親の言動や態度は、子どもの心に深い傷を残します。


今日は、そんな「恨んでいるのに好き」という矛盾した気持ちを抱える人の心の内側を見つめながら、一緒に整理していきたいと思います。





1. 親に恨みを抱く理由

まず、「なぜ親に恨みを持ってしまうのか」という点を考えてみましょう。
恨みの根っこには「傷つけられた経験」があります。例えば、暴言や暴力を受けた経験。あるいは無視や放置といった、存在を否定されるような対応。兄弟姉妹と差別されたり、過剰に期待を押しつけられたりした人もいます。


親に恨みを持つ人の多くは、「どうしてあの時、あんなことをされたのか」「なぜ守ってくれなかったのか」という思いを抱え続けています。子どもにとって親は絶対的な存在であり、唯一無二の安全基地であるはずです。その存在から傷つけられることは、裏切りであり深い失望でもあるのです。



2. それでも好きでいてしまう理由

ではなぜ、その親を嫌いきれないのでしょうか。
ここには「依存」と「愛着」という、人間が生まれ持った心理が深く関わっています。


子どもは生き延びるために親に依存します。食べ物を与えてくれるのも、眠る場所を守ってくれるのも、安心させてくれるのも親。だから、どんなに傷つけられても、心のどこかで「この人に愛されたい」という思いが消えません。これは理屈ではなく、生き物として備わっている本能なのです。


そしてもうひとつ忘れてはいけないのが、「血のつながり」という要素です。親子関係は社会的な契約や選択で生まれるものではなく、否応なく生まれた瞬間から結ばれるもの。血のつながりには、私たちの心に「切り離せない絆」の感覚を強く植えつける力があります。


たとえどれだけ心を傷つけられたとしても、「同じ血が流れている」という事実は変わりません。「この人は世界でたった一人の自分の親なのだ」という意識が、心の奥深くで働き続けるのです。


だからこそ、理性では「もう嫌いだ」「距離を置こう」と思っても、無意識の部分では「やっぱり親だから」という気持ちが芽生えてしまうのです。その感情が時に「好き」という形で表れたり、「感謝」という形で浮かんできたりする。これが「恨んでいるけど好き」という矛盾を強くしてしまう背景でもあります。


大人になってからも、この感覚は簡単に消えることはありません。心の奥には常に「親からの愛情を求めてしまう自分」が存在していて、完全に断ち切ることは難しいのです。血のつながりと愛着、その両方が複雑に絡み合って、私たちの感情を揺さぶり続けるのです。



3. 恨みと愛情が同居する苦しさ

「恨んでいるけど好き」という気持ちは、心に大きな葛藤を生みます。
「嫌いなら嫌いで突き放せばいいのに」「好きなら恨みを捨てればいいのに」と思うかもしれませんが、人間の心はそんなに単純ではありません。


例えば、親の誕生日や体調を気にしてしまう自分がいる。親が喜んでいる姿を見ると、嬉しく感じてしまう。だけど同時に、「どうして自分はあんなことをされたのに、まだ好きでいられるのだろう」と自分を責めてしまう。


この「好き」と「恨み」が同時に存在すること自体が、強いストレスになります。そしてその葛藤が心を消耗させ、罪悪感や無力感につながっていくのです。



4. 周囲に理解されにくい感情

さらに厄介なのは、この感情が周囲に理解されにくいということです。


「親を恨んでいる」と話すと、「親なんだから感謝しなきゃ」「産んでくれただけでありがたいと思いなよ」「その歳で親を恨んでいるの?」と言われることがあります。逆に「親が好き」と言えば、「あんなひどいことをされたのに、まだ好きでいるなんておかしい」と言われるかもしれません。


そのたびに「自分の気持ちは間違っているのか」「こんな矛盾した気持ちを持つ自分はおかしいのか」と、ますます自分を責めてしまうのです。けれど、実際にはこの気持ちはとても自然なものです。恨みと愛情は、同じ心の中に同居できるものなのです。





5. 親を恨むことの裏にある「期待」

親を恨むというのは、実は「本当はもっと愛してほしかった」「理解してほしかった」という期待の裏返しでもあります。


もし親に対して最初から何の期待もなければ、傷つくことも恨むこともありません。恨みが強いということは、それだけ「親にこうあってほしかった」という願いが強かったということなのです。


その期待が裏切られたとき、私たちは怒りや悲しみを抱きます。そしてその怒りが積もり積もって「恨み」という形になります。




6. 「好き」という気持ちの正体


では、「好き」という気持ちはどこから来るのでしょうか。
それは単純に「親だから」というだけではなく、親との間にあった小さな優しさや、楽しかった思い出が積み重なっているからです。どんなにひどい親であっても、全てが憎しみの記憶ではありません。


運動会に来てくれたこと、好きな料理を作ってくれたこと、一緒に笑った瞬間。その一つひとつの記憶が、親への「好き」という気持ちを生み出しているのです。
だからこそ、恨みと愛情は完全に消し合うことはなく、同時に心の中に残り続けるのです。



7. 親との距離感に悩む

この矛盾した気持ちを抱える人の多くは、親との距離感に悩みます。
「もう関わりたくない」と思う一方で、「縁を切るのはやりすぎかな」と迷ったりします。親の老後や介護を考えたとき、罪悪感が押し寄せてきたりもします。


親を完全に嫌うこともできない、でも心から愛することもできない。その狭間で揺れ動き続けるのが「親を恨んでいるけれど好きな人」の特徴です。



8. その気持ちを否定しないこと

最後に大事なのは、「恨んでいるけれど好き」という気持ちはおかしなことではない、ということです。


人間の心は複雑で、相反する気持ちが同時に存在するのは自然なことです。矛盾しているように見えて、それがむしろ人間らしい心の動きなのです。


もし、親がまだ生きているならば、親が「ごめん」と謝ってくれたり、「何か尽くして」くれたら、恨みが消えていくかも知れません。逆に久しぶりに会った親に、昔と変わらないひどい態度を取られれば、「好き」という気持ちが完全になくなるかも知れません。これはあなたとあなたの親が今後どのように関わっていくかによります。


もし、あなたが子供にひどいことをしてしまった親であれば、今からでも子供に対してできるだけ尽くしてあげてください。たくさん謝ってください。そうしたらもしかしたら、小さい頃、あなたに向けてくれた笑顔をまた見せてくれるかも知れません。


もしあなたが親からひどいことをされてしまった子供側なら、今の自分の気持ちをありのまま受け入れてみてください。親ともう一度関わってみたいなと思ったら、連絡してみても良いし、もう顔も見たくないと思うのなら、気持ちの整理がつくまで連絡しないというのも自分の心を守るために大切なことです。






恨みの裏には「愛されたい」「理解されたい」という強い思いがあり、好きという気持ちは親との小さな温かい記憶から生まれています。その二つが同居するのは不思議でもおかしなことでもなく、人として自然な心の動きなのです。


親との関係は簡単に整理できるものではありません。だからこそ、自分の複雑な気持ちを認めることから始めてみてください。