どうして自分を傷つけるのか―自傷行為―

自分で自分を傷つけることを自傷行為と呼びます。例えば、リストカット、タトゥーやピアスを何度も入れたり、タバコの火を自分に当てる根性焼き、などが代表的なものです。リストカットにいたっては、女子中高生の10%に経験があるというデータもあり、決して珍しいことではありません。


最近、新宿歌舞伎町に集まる「トー横キッズ」と呼ばれる子供たちが、気分を高揚させるために、市販薬を過量摂取していたことが話題になりました。直接体を傷つけているわけではありませんが、命の危険をかえりみずに大量の薬を飲むことは、「自己破壊的行動」と呼ばれています。


自傷行為も自己破壊的行動も、実際に死にたいわけではありません。自殺の試みとは異なるものです。第三者には、わがままな人が、周りの関心を引くためにやっているとしか見えません。


死にたいわけでないのに、どうして自分を傷つけるのでしょうか?今回は、その理由について説明しましょう。





1 我慢の限界で起きること

人は、辛いことを我慢し続けると、ネガティブな感情が心の中に溜まってきます。ため込める容量があるので、我慢は無限にできません。溜まり過ぎたネガティブな感情は、ついに火山の噴火のように爆発します。

突然、逆らえないような強烈な思いが襲ってきて、何か行動に移さないと気が済まなくなるのです。これを「衝動」と言います。例えば、怒りの爆発、衝動買い、やけ食い、など、誰でも思い当たることがあるかも知れません。

衝動とは、我慢の限界を超えて、心が病気になったり、壊れてしまうのを防ぐために起こります。衝動的な行動の後は、たまっていた緊張がとれ、気持ちは楽になるでしょう。自分が壊れないようにリセットするためには必要なことなのです。

ところが、人によっては、衝動から自分を傷つけてしまうこともあります。たまった怒りの対象が、漠然としたものであったり、親や学校などの逆らえない存在であると、自分を攻撃するしかありません。これが自分を傷つける行為の正体です。

自分を傷つける人は、死にたいわけではありません。耐えきれないくらいの苦しい立場から逃れ、心の平安を取り戻したいだけなのです。



2 自分を傷つける人の特徴

自分を傷つける人にはいくつかの特徴があります。自尊心が低く、自分を大切にできません。感情表現が苦手なため、つらい気持ちを相手に伝えたり、助けを求めることも苦手です。

こうなってしまう原因には、親子関係や学校でのいじめられた体験などが関係しています。虐待や放任、それとは逆に厳格過ぎる家庭で育ち、親から十分な愛情を注いでもらえませんでした。産まれて来てから、人生で肯定された経験がないのです。

また、発達障害を持っている人は、ストレスの処理が苦手なため、自分を責めやすい傾向があります。自閉スペクトラム症では、自分の気持ちを表現するのが苦手であり、注意欠如多動症・ADHDでは、衝動のコントロールが苦手です。ストレスが溜まると、自傷行為や自己破壊的行動に結びつきやすいと考えられます。





3 自分を傷つけることで気分が改善される

皮膚を切ったり、体に苦痛を与えると、脳の中ではエンドルフィンという物質が放出されたり、ドパミンという物質の濃度も増えます。エンドルフィンやドパミンは脳内の快楽物質とも呼ばれ、一時的に落ち込んだ気分を吹き飛ばしてくれます。不思議なことですが、痛みによる刺激が、麻薬のような効果で苦しさをとってくれるのです。

麻薬と似た効果ですから、習慣になりやすいという落とし穴があります。自傷行為で辛い気持が和らぐ経験をすると、依存的に繰り返すことがあります。



4 生きるために自分を傷つける

リストカットなどの自傷行為は、知られないように隠れて行うのがほとんどです。決して人の関心を引こうとしているのではありません。自分を傷つける行為は、自分の心を守るために起きている現象です。死にたいどころか、むしろ生きるために必死に悶えている姿なのです。



5 あなたが自分を傷つけたいと思った時に

自分を傷つけたいと感じることは、いまあなたが辛い状況にいて、それを乗り越える手段が見つからないということです。誰かにいまの苦しい気持ちを理解してもらえるだけでもスッキリすることもあります。

話すことはとても大切なことです。身近な人に相談しても、「甘えていると説教されるだけ」、「相手にされず、否定されるだけ」と感じている人、また、話すことが苦手な人もいますので、その場合は、国や都道府県の公的な相談窓口、カウンセラーや精神科などの専門家に相談するのが良いでしょう。これらの連絡先は、ネットで検索することができます。最近ではラインでの相談を行っている施設もあります。


人の心に一番大切なのは安らぎです。安らぎがない生活が続いていると心が壊れてしまいます。自分を傷つけてしまうのは、生活に安らぎがなくなっている心の叫びなのです。