心の傷-トラウマとは

みなさんは、ずっと昔に経験した辛かった出来事の夢を見ることはありませんか?何年も、何十年も前の出来事なのに、夢の中ではまるで今起きているようです。


目覚めてしばらくは現実との区別がつかなくて混乱し、意識がハッキリしてくるとようやく夢であったことを認識できます。ところが、不快な気持ちは1日中消えません。まるで寝ている間に過去にタイムスリップしてきたような感覚です。


これはあなたの心に残っているトラウマです。過去の辛かった出来事が心の傷となって、それが完全に癒されていない証拠と言えるでしょう。大ケガをして、見た目で傷はふさがっていても、何かの度にズキズキ痛むのと同じで、過去の出来事が何度も蘇ってくるのです。心理学ではこれを「再体験」と呼びます。


トラウマになる出来事は、災害、事故、事件、性的被害が代表的です。それだけでなく、いじめ、親からの虐待や厳しい教育、大切な人との別れ、信頼していた人から裏切られる、厳しい試験勉強などもトラウマになる可能性があります。


トラウマの原因は人それぞれで、他人にとっては「そんなことで苦しんでいるの?」と思われる出来事でも、その人にはトラウマになります。同じ災害の被害者でも、トラウマになる人とならない人がいるのと同じことです。


今回は、心の傷・トラウマについて解説しましょう。





1 フラッシュバック

トラウマは夢の中で再体験を繰り返すと言いましたが、再体験は夢の中だけではありません。例えば、いじめを受けたトラウマを持っている人は、テレビでいじめのシーンを見ただけで当時の辛い記憶が蘇ります。過去の出来事に関連する内容に触れるとスイッチが入り、心は過去にワープしてしまうのです。


再体験は、何かのきっかけでいつでも起こりうることです。これをフラッシュバックと呼びます。



2 時間がたってからトラウマに気づくこともある

例えば、交通事故の被害にあって、その場では取り乱すことなく過ごすことができても、数カ月してからトラウマとして再体験することもあります。


周りの人から、「あの時普通にしていたじゃない?」と言われても、事故の直後は警察に連絡したり、体のケガの確認で必死だったり、やるべきことに意識が行ってしまい、心の中で起きていることを冷静に感じることができなかったのです。また、動揺して感情が動かなくなっていたのかも知れません。ところが、心には大きなトラウマが残っていて、後から症状が現れることがあるのです。


このようにトラウマは後から気づかれることがありますが、数カ月どころか数年たってから蘇ることもあります。例えば、小学生の頃に受けたいじめの経験が、何かのきっかけで大人になってからフラッシュバックを繰り返すようになることもあります。



3 その場所や話題を避ける

酷い仕打ちをした人とは二度と関わりたくないのは当たり前ですが、それがトラウマになると、その人に関係する場所や話題すべてにアレルギーのようになってしまい、全く触れることができません。


無意識のうちにトラウマの出来事に関係することを避けて生きて行くようになります。これは、心が自分を守るために、過去を連想させるような出来事を避けるようになっているのです。




4 また起きるのではないかという緊張感がとれない

トラウマが深刻であると、また起こるのではないかという不安がとれず、1日中緊張感が取れません。食欲はなくなり、夜も熟睡することもできなくなります。常に気分がすぐれず、うつ状態となり、日常生活もふつうに送れません。


このような深刻な状態は、災害、犯罪、性的被害のように命の危険にさらされるような出来事によって起こりやすく、これをPTSDと呼びます。



5 トラウマが消えるのは人によって違う

トラウマがいつ良くなるかは、人によって違います。軽症の場合は2カ月くらいで改善されていきます。ただし、PTSDのような深刻なトラウマの場合、70%の人が何らかの形で一生残ってしまうとも言われています。症状は必ず徐々に減っていきますが、軽いフラッシュバックや夢で見ることがいつまでも続くことがあるのです。



以上、トラウマについて解説しました。


体の傷を治すためには、傷の部分を保護して守り、自然にふさがるのを待つことです。トラウマも同じで、安心できる生活を送りながら、癒されるような体験を重ねることで自然に消えて行きます。


関西の方では、「日にち薬(ひにちぐすり)」という言葉があります。「どんな悲しみや苦しみでも、月日を経ることによって、それを乗り越える力を時間が与えてくれる」という意味です。トラウマを治すためには、むしろ過去の出来事を意識しないようにして、楽しいと思える体験、癒されるような体験を重ねていくことが大切なのです。


また、信頼のできる人といっしょに、トラウマになった出来事を話し合うことも、トラウマを解消する方法です。安心のできる人の前で、辛かった思いを言葉にすることで、トラウマの毒が消えて行くのです。ただし、無理をして話すのでなく、自分から話したいという自然な気持ちを大切にしましょう。無理をして話すことは逆効果にもなるので注意してください。


眠れない、食欲がない、不安、うつ気分で日常生活に支障があり、前に進めない場合は精神科で薬の治療を受けることもできます。あくまでも対症療法ですが、体調や気分が楽になる分、トラウマも解消されやすくなります。


トラウマが良くなるには、「日にち薬」が大切です。「過去を自然に話せるようになった」、「夢で見なくなった」、「近寄れなかった駅に行くことができた」、こうしたことが起きているならば、あなたのトラウマは消えかかっているサインです。