2021.09.07

アダルトチルドレンとヤングケアラー、親と縁を切りたい人

 アダルトチルドレンとは、「アダルトチルドレン・オブ・アルコホーリクス」を略したもので、日本語に訳すと「アルコール依存症の家庭に産まれた人」という意味です。
アメリカには日本と比べものにならない数のアルコール依存症の問題があり、1970年代のアメリカでは、アルコール依存症の家族の研究が盛んに行われました。
アルコール依存症の家庭の子供は、いつ親が酒を飲んで暴れ出すか分からない不安の中にあり、つねに緊張が抜けず、感情を抑え込まれた生活を送りました。そのために、大人になっても自分の感情が出せなくなり、自分を責め、自尊心が低く、生きづらさを感じていることがわかりました。
 
 
 
 
 
 
 その後、この現象は薬物依存、ギャンブル、ワーカホリック、暴力で虐待された家庭に育った人に共通にみられることが知られるようになりました。このような親の都合で子供が抑圧されている過程を機能不全家族と呼ぶようになりました。
 アダルトチルドレンの考え方は、日本には1989年に入り、当時の20代から40代の人たちに受け入れられました。書かれた本はベストセラーになり、テレビでは何度も特集が組まれました。アダルトチルドレンを治療するという施設には行列ができたくらいです。
なぜここまで受け入れられたかと言うと、この世代の多くの人が厳しく仕事中毒の父、子供に学歴をつけることを目的にした良妻賢母の母、という昭和の高度成長期の家庭に育っていたからです。日本ではこのような家庭も機能不全家族ととらえました。
アダルトチルドレンの考え方は、自分の生きづらさは自分のせいでなく、家庭が機能不全家族だったから仕方ない、自分をせめずに人生を先に進もうという、新しい自分をつかむための心の啓発として大きな役割を果たしました。
 しかし、残念ながら親を責め続けて許せないまま、恨みに囚われて人生を先に進めなくなってしまう人も多く現れました。また、アダルトチルドレンの意味が拡大解釈されて内容が曖昧となり、心理学や精神医学などの学術の分野からは扱われなくなりました。現在は当時と家庭のあり方が変化したこともあり、一時のブームが去ったという印象です。
最近アダルトチルドレンと似ているヤングケアラーという言葉がメディアでよく取り上げられます。ヤングケアラーは親の病気のために家事や介護を強要される子供を言います。彼らの中には、親の心配ばかりして全く甘えられず、本音を言ったら親に嫌われる不安から、親の顔色だけを見て育った人もいます。
こうした人は心を病み、大人になっても自分の気持ちを抑えたり、悪いことがあると自分をせめる癖がついてしまいます。つねに緊張感や絶望感があり人生を楽しめません。このような心を病んだヤングケアラーもアダルトチルドレンと呼べるでしょう。
 アダルトチルドレンやヤングケアラーで苦しんでいる人たちは、子供の頃に親から無償の愛情を受けられず、親の事情に振り回され、親の要求を満たさない限り親に認めてもらえなかった苦しみを味わった人たちです。
 
 
 成人して経済的に自立することで、一時的に親の束縛から逃げ出すことができます。形としては親と縁を切ることはできますが、何か辛いことがある度に親の顔が浮かんで許せない気持ちになります。いつまでたっても親への恨みがとれず、それが心の成長を妨げて人生を先に進めないでいます。
低い自尊心と恨みの感情は悪い循環をつくり、心の傷が癒されるどころかさらに心が病んでしまいます。一言でも「悪い親ですまなかった」と謝ってもらえれば救われるのに、思い切って連絡しても、以前と変わらない親の様子によけい辛い思いになります。
この悪い循環を抜けるためには特効薬はありません。やはり親には期待せずに距離を取り続けた方がよく、むしろ信頼できる人との出会いを積み重ねていく方がよいでしょう。友人、恋人、なかなか良い出会いがなければ心理カウンセラーに相談するのも良いかもしれません。こうした利害関係のない良い人間関係が唯一傷ついた心を癒してくれる方法ではないでしょうか。
 精神科医の夏苅郁子さんは、統合失調症の母、暴力をふるう父の家庭に育ちました。幼少期、自分勝手な父は留守がちで、病気の母と2人だけの孤立した生活を送りました。妄想で狂って暴れる母とそれを殴る父の姿が忘れられないと言います。病気の母親は離婚し追い出され、父と生活をすることになります。
。学校の成績が良く医学部に進学しましたが、リストカット、摂食障害、薬物依存になり、精神科を通院するようになります。低い自尊心と絶望感に囚われ、2度の自殺未遂をしたそうです。心の中には常に両親の姿が恐怖や怒りとして残っていたそうです。
しかし、よき理解者である夫や、統合失調症の母を持つ同じ境遇の漫画家中村ユキさんとの出会いを通じ、両親を理解し許すために自分の過去と向き合うようになります。そうせざるを得なかった両親を理解する中で自分自身の心も解放され成長していくことを語っています。現在は児童精神科の診療とともにヤングケアラーの啓蒙活動をして活躍されています。
夏苅さんのように、親に愛してもらえなかった恨みは、親と縁を切って終わらせてはいけないのかも知れません。信頼できる人との出会いを通じ、心に少しでも余裕が出たら、親の不完全さを受け入れて、いつか親を許すことが必要なのかも知れません。