苦労が心の豊かさとして実るために必要なこと

世の中には、何をやってもうまく行く人と、それとは逆に、何をやってもうまく行かない人がいます。誰だって、何でもうまく行くようになりたいですが、残念ながら、人は生まれた時から平等ではありません。

才能を持って生まれる人、美人に生まれる人、お金持ちの家に生まれる人など、生まれた時から出発するところが違います。徒競走で例えると、ゴールの近くからスタートできる人から、遠いところからスタートしなくてはならない人がいるようなものです。スタート時点が違うので、同じ幸せを手に入れるためにも、楽できる人もいれば、苦労する人もでてくるでしょう。


苦労が多すぎれば、「なんでこんな酷い目に会うのだろう」、「こんな人生に価値はない」と、恨みになることもあります。しかし、人より苦労することは決してマイナスではありません。苦労は心の豊かさにつながります。苦労が、心の成長を促(うなが)して、その人の魅力として実ることがあるのです。


今回は、オーストリアの精神科医・フランクルの言葉を通して、苦労が心の豊かさとして実るために必要なことを紹介しましょう。


フランクルは、アウシュビッツ強制収容所に収監されながらも生還した人です。ガス室で処刑される不安、過酷な労働、兵士からの暴力、栄養失調、チフスの流行、寒さという、あらゆる地獄を経験しました。そうした極限の状況で、自分や収容所の人の心の動きを客観的に観察し、1946年に、「夜と霧」という本を発表しました。

そこには、絶望が人を滅ぼすこと、生きる目的をもつ人は、過酷な環境でも耐えられることが描かれています。現在、生きる意味に注目するフランクルの心理療法は、ロゴセラピーと呼ばれています。





1 希望がない苦労は、心に悪い影響がある

すべてを失い、抵抗もできない強制収容所の人の多くは、感情を失い、無反応、無気力になりました。辛いことでも、いつまでに終わると分かっていれば、我慢することができます。

収容所の人たちは、「クリスマスには解放されるだろう」と楽観的な希望を持ち、耐えていました。しかし、苦労がいつまで続くか分からなくなった時に、すべての希望を失います。実際には、クリスマスを過ぎても収容所の様子は変わりませんでした。

すると、それから数日の間に、処刑されたわけでもないのに大量の死者が出ました。直接の原因は、チフスであったり、栄養失調であったかも知れませんが、絶望によってたくさんの命が尽きてしまったのです。


人は、絶望によって滅びてしまいます。心が動かなくなるだけでなく、内臓の動きや免疫力も低下することによって、生命を維持することもできなくなります。希望がない苦労は、心に悪い影響しかありません。



2 苦労の意味を見つける

フランクルは、生き残って、収容所の体験を発表することを夢にもちました。極限の状況の人々の心理を研究し、それを将来に残すことを使命に感じたのです。このことを希望として、過酷な生活を耐え抜きました。


収容所の中には、自分のことよりも、他人を優先する人もたくさんいました。極限の状況でも、弱っている人を励ましたり、食べ物を分けて与える人もいて、フランクルも生きる力をもらったそうです。こうした人たちは、収容所生活に何か自分なりの意味を見出していたと言います。


苦労の中でも、何か自分なりの意味を見つけようとする人は、苦労が無駄になりません。苦労の意味は、その時は分からなくても、後から理解できることもあります。また、自分のためにというより、身近な人や世の中に役に立つことを使命として考える人は、苦労が心の成長につながると言うのが、フランクルの考えです。





3 名もなき人の生き方が偉大

ここで、うつ病で長年闘病中のAさんの話を紹介しましょう。

Aさんのお父さんは早くに亡くなり、年老いたお母さんと2人で生活しています。兄弟たちはそれぞれに家庭を持ち、今は遠いところに住んでいて、ほとんど会う機会もありません。Aさんは、何で自分だけ貧乏くじを引いてしまい、こんな苦労をしなくてはならないのか不満です。「若い頃から病気で何もできず、いまでも家族に迷惑ばかりかけている。そんな人生に意味などない。」と、いつも考えています。


先日、お母さんがケガで入院することになりました。Aさんの体調も良くなかったのですが、遠方の兄弟を頼ることもできず、入院の付き添いをしました。その時、お母さんの口から、「いつも近くにいてくれて、1番親孝行な子供だと思う。」と、感謝の言葉をもらいました。早くに夫をなくして、心細かったお母さんにとって、Aさんはいつも大きな存在だったと言うのです。


1番お母さんの役に立っていたのは、成功して立派に働いている兄弟たちでなく、病気で何もできない自分だったことを知って、Aさんは嬉しく思いました。自分の人生にも意味があったのだと感じ、気持ちが楽になったそうです。


良心的に生きている人は、気付かないうちに、必ず誰かの役に立っています。フランクルは、「名もなき人の生き方が偉大」と呼びました。何か大きなことを成功させて世の中に貢献する人たちは立派ですが、ささやかに暮らしている名もなき人たちの生き方にも、必ず意味があると言うのです。むしろ、良心を持っているひとりひとりが、世の中を良い方向に進ませているのであり、大きなことを成し遂げる人は、それを代表しているだけのことであるというのが、フランクルの考えです。


最後に、フランクルが残した名言を紹介しましょう。

どんな時も、人生には意味がある。
あなたを待っている「誰か」がいて、あなたを待っている「何か」がある。
そして、その「何か」や「誰か」のために、あなたにもできることがある。