いじめの経験

これは、いじめ・気分変調症・うつ病を経験した人の実際の話です。


ご家族と幸せな毎日を送っているアラ還のヒロムさん。実は、中学生の時に酷いいじめを受け、その後は気分変調症とうつ病の経験もあります。


今回は、ヒロムさんが実際に乗り越えて来られた人生をご紹介したいと思います。いじめの体験、うつ病の体験をされた方の支えになるような内容です。それではヒロムさんの物語を始めましょう。





ヒロムさんは、東大出のお父さんから、「俺と同じように東大へ行け」と言われて厳しく育てられました。昭和の学歴中心の時代ですので、当時はそれほど珍しいことではありませんが、まるで、東大に行かなければ人生失格のように洗脳されて生きて来たそうです。


お父さんは戦後の貧しい時代に苦労して東大に入った経験があり、それが誇りでした。それとは逆にお母さんは家庭で存在感が薄く、権威主義的なお父さんに文句ばかり言っていました。しかし、教育に関してはお父さんに歩調を合わせていたと言います。ヒロムさんにとって家庭に安らぎはありませんでした。


ヒロムさんは小学校低学年から塾通いし、家にいる時には勉強部屋に閉じ込められました。少しでも成績が下がるとお父さんの機嫌が悪くなるので、怒鳴られたくないために必死に勉強をしました。自分の将来のためでなく、親の機嫌取りのための勉強です。今は辛いけれども中学に合格すれば人生が変わるにちがいないと我慢していたそうです。


努力が実り、中学は東大合格トップの有名進学校に進学できました。ところが、勉強しかやってこなかったヒロムさんは友達の作り方が分かりません。いつも一人でいるので、いじめの対象になりました。


進学校のために勉強漬けで、みんなストレスが溜まっており、学校は弱い者いじめが当たり前の世界だったのです。「物を隠される」、「突然後ろから突き飛ばされる」、「トイレに閉じ込められる」、「財布を盗まれる」などなど、陰湿ないじめを受ける毎日になりました。


いじめをしたのは、担任とも仲の良いクラスの人気者グループです。ヒロムさんは親に心配をかけたくないので、誰にも相談できずに学校に通い続けました。


最もショックだったのは、修学旅行で逃げ場のない状態で延々とプロレスごっこをさせられた時です。先生の目の届かないところでボコボコにされ、帰宅した時までの記憶がありません。その後、学校へ行こうとすると喘息発作と頭痛が起こり、痛みと吐き気で食べた物を吐くようになりました。ヒロムさんは学校を休み、病院通いの毎日になりました。


小児科、脳外科、眼科など、あらゆる科を回って診察を受けましたが、いじめのことを聞いてくれる医師は一人もいませんでした。当時は子供の心の病気への認識があまりなかったためです。最終的に喘息と片頭痛の診断で薬の治療を受けることになりました。


その後、クラス替えのおかげでいじめグループから離れられたヒロムさんでしたが、感情は固まり、笑顔は消えて淡々と学校へ行く日々です。成績も下がり、東大を目指すどころではありません。浪人して、家から離れた私立大学に進学することになりました。


東大に行けなかったことについて、お父さんは「俺に勝てなかったな」と吐き捨てるように言ったそうです。子供の事情を一切理解せず、こんな酷いことしか言えないお父さんに対して、「学歴だけの最低の人間だ」とヒロムさんは呆(あき)れてしまったそうです。そして、この言葉をきっかけに親と関係なく生きようと決心しました。





ヒロムさんは一人暮らしをしながら大学に通い、親の監視がないことから大きな解放感がありました。少しずつ感情が戻ってきて、笑えるようにもなったそうです。しかし、いじめの経験から、突然人から嫌なことをされる不安につきまとわれ、人と深く関われませんでした。親しくしてくれる人がいても、自分から距離をとってしまうのです。


就職してからも、人と深く交わることが苦手で表面的なつきあいしかできません。それでも仕事に関しては、真面目さが評価されました。文句を言わないヒロムさんのところに仕事が集まるようになり、仕事の多さがキャパを超えるようになります。ついに、中学生の頃と同じように喘息と頭痛に苦しむようになりました。人に助けを求められないヒロムさんの弱点が響いたのです。気分も重くなり、仕事も続けられなくなりました。


かかりつけの内科医の紹介で精神科を受診してみたところ、うつ病の診断を受けました。SSRIという抗うつ薬の治療が奏功し、体調も良くなり、心のモヤのようなものが消え、数カ月の休職で復職します。精神科医によると、中学の頃に不登校があったことから、その頃から気分変調症があったとのことです。


ヒロムさんは薬を飲んで、これが普通の人の心の状態なのだと驚きました。天気で例えれば、いつも曇りか雨が普通の状態だったので、晴れを忘れてしまっていた感じです。医師の言う通りに、子供の頃からずっと心を病んでいたことを理解できました。


医師の指導で再発しないように、復職してからは問題を一人で抱え込まずに人を頼るように努力しました。頼んだことを気持ちよくやってくれる人も多く、こうした体験から、世の中には親やいじめっ子のような人ばかりでなく、良い人もいると感じたそうです。


その後Tさんは結婚。お父さんは早く亡くなりましたが、最後までヒロムさんが東大へ行けなかったことをグズグズ言っていたそうです。ヒロムさんはお父さんのことを憎むよりも、「可哀そうな人だったな」と哀れに感じているそうです。


ヒロムさんは、大人になってからも中学時代のいじめられた夢を見続けていました。心の中で何十年もずっと引きずって来たのです。ところが、40代になってから、中学の同窓会の誘いが来ました。以前ならば破り捨てていたはずの案内状でしたが、この時は思い切って参加してみたそうです。


会場では、元いじめっ子のリーダーと再会しましたが、過去のやんちゃなイメージは全くなく、落ちぶれた印象だったそうです。ヒロムさんが座っていると、向こうから話しかけてきて、仕事や家庭がうまく行っていないことなど、身の上話を聞かされました。


過去の謝罪の意味で、こんな話しをするのかなとヒロムさんは感じました。そして、「人にあんな酷いことをして、幸せになれるわけないよな」と思い、彼を許す気持ちになったそうです。この体験の後は、いじめの夢をピタリと見なくなりました。