うつ病の人が嫌なこと
意外ですが、これはうつ病の人にとって大きな負担になります。
うつ病は、病気になった人でないと理解できない複雑な心の問題があります。いままで当たり前にやってきたこと、やってもらってきたことが病気を悪くしてしまうことも起こります。
糖尿病になったら、当たり前にとっていたアルコールや甘い物を控えるように、うつ病になったら気を付けなくていけないことがあるのです。
今回は、うつ病のつらさが増してしまう意外なことを6つ取り上げて解説していきましょう。これは療養中の方だけでなく、うつ病の人と関わる方にも知っていただきたいことです。
1 人と会う
うつ病で休んでいると聞くと、心配した親戚や友人が「会いたい」と連絡をしてくることがあります。そんな時に「ありがたい」と思うのでなく、むしろ「気が重い」と、よけいに落ち込んでしまうのがうつ病です。気心の知れない人と連絡をとることは強いストレスになるからです。
以前ならば、「ちょっと緊張するけれども大丈夫」と受け流せていた出来事が、大きな負担としてのしかかります。心のエネルギーが枯れているため、人に会うことすらも困難を感じます。
「笑顔を作れない」、「会話のテンポが合わせられない」、「気を遣う余裕がない」、「相手の反応を過剰に気にしてしまう」といった心理状態にあり、特に普段会わない人とのコミュニケーションは、全力疾走した後のような疲労感を生みます。
このような状態であるため、無理をして人と会うことは禁物です。職場にうつ病で休んでいる人がいたら、よほどの用事でない限り、連絡をとらないこともルールです。
また、近所の人や古い友人で、病気のことを伝えていない人と会うことも苦痛です。現在何もできず、働いていないことをどう説明したら良いのか分からないからです。「今何しているの?」という質問に対して、説明に困ってしまうという話をよく聞きます。こうした人とも会わないことが何よりですが、何か聞かれたとしても挨拶代わりの言葉だと思って、適当に返事をすれば良いかと思います。
2 励まされる
相手の人が励ましのつもりで言った言葉が棘のように心に刺さってしまうこともあります。例えば、「うつ病は気持ちの問題だよ」という言葉です。これは、「努力すれば治るでしょう?」という風に聞こえてしまいます。
うつ病は脳の働きが低下した状態であるため、気持ちでどうこうできるものではありません。自分でも「怠けているのかな」と後ろめたく思っているのに、こんな風に言われてしまうと大変傷ついてしまいます。
また、「そろそろ働けそうだね」という言葉も同様です。表情が出て来た、会話が増えた、外出するようになった、そんな変化が周りには元気になったように映ります。
しかし、本人にとっては、「元気なフリをしているだけ」、「調子が良く見える時でも本音はしんどい」という場合もあります。そのために「働けそうだね」と言われると、「まだ元気じゃないのに…」、「元気じゃないといけないのかな」、「期待に応えられていない…」という焦りや自分を責めることにつながります。見た目と心の状態にギャップがあることを理解するべきでしょう。
3 不安定な時期の早起き訓練
ネットには、うつ病のセルフケアの情報がたくさん紹介されています。「朝起き」、「生活リズムを整える」という情報も多く、周囲も本人も「とりあえず早起きすればよくなる」と信じがちです。ところが、回復段階を間違えると危険です。
うつ病の急性期ではエネルギーが著しく低下しており、身体はとにかく休息を必要としています。その段階で「無理に早起き」をしようとすると、病状の悪化につながります。
本来、早起きによるリズム改善は、症状が安定した回復期に入ってから行うべきものです。また、回復期であっても、調子の悪い日はふとんでゆっくり休んでいる方が良いでしょう。
4 過去のルーティンをこなそうとする
うつ病の人がもっとも苦しむことの一つが、昔の元気だった頃の自分と、病気である現在を比べてしまうことです。
以前は簡単にできていた「朝起きる」「仕事をこなす」「家事をする」「趣味を楽しむ」といった当たり前の行動が、驚くほど困難になり、できない自分を責めます。「なんでこんなこともできないのだろう」、「もう元に戻れないかもしれない」という絶望感に陥ってしまうのです。
当たり前のことができないのは、脳のエネルギーが著しく低下しているための症状です。本人もそのことに気づけず、自分を強く責めてしまうことがあります。「病気だから、できないことはやらない」と開き直ることが大切です。
5 予定が入っていること
元気な時は何でもないような予定が、うつ状態では非常に大きな負担になります。
例えば、美容室や病院の予約です。その日が近づいてくるだけで不安になり、前日から眠れなくなることもあります。うつ病は日によって症状の波があるため、「今日行けても、明日は行けない」ということが起こります。そのために予定が大きなプレッシャーになるのです。
状態の悪い時は、無理に予定を入れないようにしましょう。元気になるまでは、できるだけ予約のいらない行動を選ぶことが必要です。
6 心配されないこと
「大丈夫」と言ってしまい、人を避けてしまうのがうつ病です。といっても、心配されないで、放置されてしまうこともつらさの原因になります。自分から人を避けてしまうのに、「誰も気にしてくれないのかな」、「迷惑と思われて距離を置かれているのかも」、「生きる価値がない」ということも考えているのです。
うつ病の人にとって辛いことは、みんなから忘れ去られてしまうことです。「心配しているよ」、「いつまでも待っているよ」といった暖かい言葉が何よりも救いになります。
うつ病の人から、「職場の人から連絡が入って調子を崩した」、「家族から励まされたはずなのに、傷ついてしまった」、「朝起き訓練が逆効果だった」といったことをよく耳にします。思わぬところから病状が悪くなることがあるのです。
うつ病は怠けや努力不足といった気持ちの問題ではありません。脳の機能が低下しているために起きている病気です。自宅でゆっくり休むこと、できないことはやらずに無理をしないこと、薬を飲むこと、こうしたことが回復につながります。
遠回りに見えても、マイペースにのんびり過ごしていることが一番なのです。周りの人も、うつ病の正体を良く理解してあげて、言動を選ぶようにしましょう。
心の安全基地
心の安全基地を持っていますか?
あなたの生きづらさは、心の安全基地がないことが原因かも知れません。
つらい時に、「それでも生きていこう」と考えられるのは、心の根っ子に生きることへの安心感があるからです。そうでなく、困難や挫折した時、「私には生きる価値がないのかな」と感じてしまうのは、生きることに安心感を持っていない人です。
生きることへの安心感は、子供の頃の親子関係を通して築かれます。お母さんに育ててもらう過程で、「何があってもお母さんが守ってくれる」、「お母さんは何でも受け入れてくれる」という安心感を身に着けることから、これが大人になってからの心の強さになります。
このような子供の頃のお母さんとの関係を、心理学では「心の安全基地」と呼んでいます。暖かいお母さんが、まるで悪者から守ってくれる安全基地のような存在であることから呼ばれています。心の安全基地は人が自立して生きていくための発射台になるものです。
ところが、子供の頃に親からきちんと養育してもらえなかった場合には、親子の情関係が十分に築かれません。すると、心の安全基地がないまま成長し、大人になっても自信をもてず、対人関係をうまく築けないという課題を背負うことになるでしょう。これが生きづらさとなっている場合、「大人の愛着障害」と呼びます。
では、大人の愛着障害で生きづらさがある人は、一生涯それを抱えなくてはならないのでしょうか?そんなことはありません。大人になっても心の安全基地をつくり、それを通して生きることに安心感を手に入れることが可能です。
今回の記事では、大人になってから心の安全基地をつくる方法を具体的に説明したいと思います。
1 心の温かい友人やパートナー
大人になって心の安全基地をつくるために一番よいのは、心の暖かい友人、パートナーの存在です。あなたの存在を否定せず、いつも暖かく受け入れてくれる存在は、子供の頃に体験できなかった心の安全基地となるでしょう。その関係が長く続くほどに、自己肯定感が育まれ、対人関係にも自信をつけることができるようになるはずです。
ただし、現在付き合っている友人やパートナーでも、あなたの言う言葉をいつも否定し、逆に気を遣わせるような存在は心の安全基地ではありません。付き合うほどに心は疲れていき、あなたの愛着の問題をよけいにこじらせてしまいます。今まで以上に自信を失い、対人関係にも支障をもたらすようになるでしょう。
2 頼りになるカウンセラーや病院のスタッフ
人間関係に恵まれない場合は、心理カウンセリングを訪ねて見るのも良いでしょう。経験のあるカウンセラーならば、心の安全基地の役割をしてくれるはずです。気軽に相談できて、相談した時にはいつも変わりなく安心感を与えてくれるならば、とても大切な存在です。
また、うつ病などの精神疾患で通院している場合、病院のスタッフも心の安全基地の役割をしてくれます。精神疾患を疑って受診を考える場合は、「有名な病院だ」、「名医だ」という評判よりも、自分が通って安心できる場所を選ぶようにしましょう。
3 趣味の仲間
スポーツの仲間、ゲームの仲間、カラオケの仲間、習い事の仲間など、趣味の仲間は、心の安全基地になります。辛い時でも仲間と趣味に没頭することが力になるのです。心の問題には触れなくても、趣味の話題を中心に、あなたを否定せず、いつも歓迎してくれる仲間がいることはとても大切なことです。
ただし、プライベートにまでズカズカと入って来ようとする仲間とは距離を置いた方がよいでしょう。
4 推し活
憧れのスターの存在も心の安全基地になります。アイドルは常にファンを大切にしてくれて、ファンを暖かく受け入れてくれるからです。個人的な交流はできませんが、常に輝いた存在であってくれることが心の安全基地になってくれるのです。
5 安心できる場所
自分の部屋やマイホームが安心できる場所であるならば、安全基地としてとても良いことです。広い立派な家でなく、生活していて居心地が良く、のんびり過ごせることが条件です。
家の居心地が良くないならば、行きつけのカフェ、飲み屋、趣味の店、公園、宿泊施設なども心の安全基地になると思います。行きつけの温泉やスパでのんびりしている時に感じる、「生きていて良かったな」という感覚を大切にしてください。
6 植物を育てることやペット
人ではありませんが、植物やペットは私たちをいつも暖かく受け入れてくれる存在です。特に犬や猫などの動物は情緒的な反応を返してくれます。いっしょにいて癒される、ゆっくりできるという感覚が大切です。
癒されるからといっても、自分が管理できないほどに動物をたくさん飼う人もいますが、それぞれは命ですので、最後まで責任をもてる範囲にしましょう。
7 居心地の良い職場
意外に思うかも知れませんが、職場が心の安全基地になる人もいます。働いて居心地が良く、生きがいを感じるような職場は、心の安定につながるのです。
私たちの心に大きな影響を与えるので、職場を選ぶ時は、収入や名誉でなく、居心地の良さで選ぶことが何よりも大切です。
8 信仰
20世紀の精神医学や心理学は、キリスト教への反発から発展してきたところがあります。宗教は心を抑圧するものであり、マインドコントロールであるというのが一般的でした。
ところが、現在では無神論や唯物論だけでは心の世界を説明できないことが分かってきました。2000年頃から始まったポジティブ心理学やポジティブ精神医学では、宗教を尊重し、宗教による癒しについての研究も行われています。
つらい時に「神様!」「オーマイゴッド!」と叫ぶように、神様や先祖の存在は心の安全基地です。「神様やご先祖様からいつも守ってもらっている」という感覚をもっている人は困難に負けない人です。
ただし、恐怖感を植え付ける、高額なお金を要求する、厳しいルールで生活を束縛するような宗教は良くありません。宗教とは、あなたの心を大切にしてくれて、素直に安心を感じられる場所であることが大切なのです。
心の安全基地は1つに依存せず、たくさん持つようにしましょう。いつも安定していて、あなたを否定せず、変わらず暖かく迎えてくれる存在がたくさんあることが大切です。こうした安全基地を通して、「生きていていいんだ」という感覚を何度も感じることが、あなたの心を修復してくれるはずです。
「自分は生きていて良いのだろうか?」「どうして人とうまく付き合えないのだろうか?」と生きづらさを抱えている人は、自分を変えようと苦しい努力をするのでなく、心の安全基地をつくることが必要なのかも知れません。あなたの安全基地となる存在、場所、時間との良い出会いがあることを心から願っています。
キレる人
ちょっとしたきっかけでキレる人は、治療が必要な精神疾患の可能性があります。
ふだんは問題ないのに、ちょっとしたきっかけでキレて、激しく怒る人がいます。思い通りに行かないことがあるとイライラするのは当然かも知れませんが、例えば、「ラインの返信が遅い」、「その言葉が気に食わない」など、些細なことが爆発のスイッチになります。
怒る原因はその人によって決まっていて、見捨てられるような状況、プライドが傷つけられるような状況などが代表的でしょう。
中には、周りが見えなくなるほどに激怒し、大声で叫び、物を投げて壊し、ついには「死んでやる!」と言って窓から飛び降りようとする人もいます。家族にならまだしも、職場の人や店の店員に向かって「土下座しろ!」とキレる人もいて、これではパワハラやカスハラと言われても仕方ありません。
このような激しい感情の乱れがある人は、一般的に「ヒステリー」と呼ばれることがあります。そもそもヒステリーという言葉は古代ギリシャ時代の「子宮」から来ており、その当時から記録があり、女性が正気を失って暴れ出したり、けいれんを起こしたりする病気として知られていました。その名残からキレる人、特に女性のことを現在でもヒステリーと呼ぶことがあります。
ところが、精神医学ではヒステリーという言葉は半世紀前から使われていません。それまでヒステリーと呼ばれていた状態は1つの病気でないことが分かったためです。
現在ではちょっとしたことで怒ることを易怒性と呼び、特に別人のようにキレてしまう場合は解離症状と呼びます。解離とは、人格が分かれて鬼のように変身してしまうことを意味しています。
激しく怒ることはたくさんの精神疾患に見られる症状です。それでは、キレてばかりいる人はどういった病気なのでしょうか?今回は、代表的な5つのキレる病気について説明しましょう。
1 うつ病
「パートナーとうまく行かない」、「子供が言うことをきかない」、「仕事で失敗した」など、ストレスが溜まると誰でもイライラを感じるようになります。相手の言動がスイッチとなり、カーっとなってしまうことがあるでしょう。ただし、些細な事で怒り、それも尋常でない怒り方の場合は、ストレス反応を越えてうつ病である可能性があります。
うつ病というと元気がなくなり、しょんぼりしているイメージを持たれる方も多いと思いますが、怒りがコントロールできなくなる病気の代表です。仕事や家事などをいつも通りにこなせているうつ病の人もいて、そうなると怒ってばかりいる原因がうつ病であると気づけません。
例えば、「仕事はできるけれども、いつも機嫌が悪く、何かあるとすぐに怒る職場の人」、「生活はきちんとしているのに、いつも家族に当たり散らしているお母さん」、「学校へは通っているけれど、家ではだらしなく、少し注意しただけで激怒する高校生」などです。
怒ることに加えて、気分が沈んでいることが多い、疲れやすい、眠りが浅いなどを感じている場合はうつ病の可能性が大きいので、早めに精神科を受診してみましょう。
2 双極症
怒りっぽい期間が数週間から数カ月に渡って持続し、その期間は、うつ病とは逆に気分が高揚している場合は双極症です。
活動的でよくしゃべり、冗談を言い、浪費をしますが、気にくわないことがあると激しく怒り出します。怒りっぽい期間の前後にはうつ状態が見られることが多いでしょう。
うつ病と双極症は鑑別が難しいことがありますが、ともに薬の治療に効果があります。
3 月経前気分不快障害・PMDD
毎月生理が近づく頃に必ずキレるようになる女性は、月経前気分不快障害・PMDDかも知れません。生理前の不調は月経前症候群・PMSでよく知られていますが、PMDDはそれよりも深刻な状態です。
PMDDは、女性ホルモンの変化で起こるうつ病の一つです。激しく怒るのが決まって生理前であり、生理痛や頭痛なども伴う場合はこの可能性があります。気分を安定させ、怒りを抑えるために、抗うつ薬が効きます。
4 パーソナリティ症
怒りを爆発させる原因が、親しい人から拒絶されて嫌われるような状況や、見捨てられるような状況である場合は、境界性パーソナリティ症の可能性があります。境界性パーソナリティ症の人は解離状態となって別人のように怒ります。
パートナーと楽しく話していたと思ったら、突然「何でそんな言い方するんだ!」と激怒し、周りの目も考えずに怒鳴り散らすといった感じです。怒りのあまり外へ飛び出したり、自殺未遂を試みたりといった激しい行動も見られます。
ふだんから相手を束縛することがあり、相手が嫌がることをわざとして、自分が嫌われていないかを確かめようとする試し行動をすることも特徴です。
「パートナーが仕事で忙しい時間帯にわざと電話をする」、「心配されるように遺書のような内容のラインを打つ」といったことがあるでしょう。別れ話の後にストーカー行為に発展することもあります。
境界性パーソナリティ症は、子供の頃に十分な養育を受けらなかったことが原因と考えられています。虐待やネグレクトなどを通して、親子の情的な関係を築けなかったことから、心の成長に支障が起きてしまったのです。
人から拒否されるような出来事があると、「見捨てられ不安」のスイッチが入り、親に見捨てられた時の恐怖が蘇ります。そして、怒りが爆発してしまうと考えられています。
境界性パーソナリティ症は治りにくい病気と考えられていますが、長く腰を据えて治療を継続することで改善されていきます。10年間くらいの治療の継続で、90%近い人が改善されたという報告もあります。
5 統合失調症
パーソナリティ症に似ていますが、常に機嫌が悪く、ちょっとしたことで爆発する人は統合失調症の可能性もあります。常に悪口の幻聴が聞こえていること、人から狙われているという被害妄想があることが怒りの原因です。
統合失調症は、薬の治療に大変効果がある病気です。ところが、自分が病気であるという意識が薄いことが多く、周りの人から病院へ行った方が良いと勧められても断ってしまうケースがあります。
怒ってばかりいることは本人も辛く、いっしょに生活をする家族や仕事をする仲間にも迷惑をかけてしまいます。激しい怒りの背後には、うつや不安の感情があります。酷い場合は被害妄想や幻聴がある場合もあるでしょう。
性格が悪いから怒っているのではなく、深刻な心の病気の可能性もあるのです。短気な性格と考えないで、治療を受けることが必要です。
また、カウンセリングやアンガーマネジメントでもコントロールがつかない場合は、精神科で薬の治療を受けることも考えてみてください。今回紹介した5つの病気は、薬の治療を通して改善される可能性があります。
毒親が言う7つの言葉
親の言葉には、本来、子どもを育てる力があります。
励まし、安心させ、自己肯定感を育むためのものです。しかし、毒親の言葉は、その逆に、子どもの心を長く苦しめる“毒”になることがあります。
もしあなたが「何をしても自信が持てない」「人の顔色ばかり気になる」「誰かと比べてばかりで疲れる」そんな思いを抱えているなら、この記事はその原因に気づくきっかけになるかもしれません。
今回は「毒親がよく言う7つの言葉」についてお話しします。
1 「他の家の子はちゃんとしてるのに」
毒親は、比較によって子どもに劣等感を植えつけることがあります。兄弟や他人の子と比べて、「あなたはダメ」「もっとしっかりしなさい」と言われる経験は、子どもの心に深く刻まれます。
たとえば、学校の成績やスポーツ、家事の手伝いなど、少しの差でも指摘されることがあります。子どもは「努力しても認めてもらえない」「褒められるのは他の子よりできたときだけ」と学ぶのです。
こうした経験は、大人になっても「他人の評価ばかりを気にする」「自分を十分に認められない」という形で残ります。自分の価値を他人と比較してしまうクセがついてしまうのです。
2 「なんでそんなこともできないの?」
これは、子どもの能力そのものを否定する言葉です。失敗やミスをしたときに投げかけられると、「自分は劣っている」と強く感じてしまいます。さらに「また怒られるかもしれない」と不安になり、挑戦することや自分の意見を言うことを恐れるようになります。
その結果、大人になっても挑戦に臆病になったり、意見を押し殺す性格になることがあります。たとえば、仕事で自分のアイデアを提案するのが怖い、ミスをすると必要以上に落ち込む、そんな傾向です。
毒親のこうした言葉は、子どもの自己効力感を奪い、挑戦心を萎えさせるのです。
3 「兄弟はできてるのに」
兄弟間での比較も、毒親が使う典型的な言葉です。「お兄ちゃんはできてるのに、あなたは…」「妹は勉強できるのに、あなたはダメだ」こうした言葉は、子どもに「自分は家族の中で価値が低い」と感じさせます。
兄弟の存在は愛されているかもしれませんが、自分は認めてもらえないその思いは大人になっても、自己肯定感の低さや罪悪感として残ります。また、兄弟や他人と比べ続ける癖は、社会に出てからも「常に誰かと比べてしまう」という形で現れます。
4 「誰のおかげで飯が食えてると思ってるの?」
この言葉は、感謝を強制し、存在を支配する言葉です。毒親は子どもの生活や教育のすべてを「自分が与えたもの」と考え、恩を押し付けます。
この結果、子どもは「自分は親の許可がなければ何もできない」と思い込み、自己肯定感を育む機会を失います。大人になっても、「他人の期待に応えないと愛されない」と感じる傾向が続き、自己犠牲の習慣がついてしまいます。
5 「育ててやったんだから感謝しなさい」
これは恩を利用して子どもを縛る典型的な言葉です。親が子どもを育てるのは当然の責任ですが、毒親はそれを“貸し”のように扱い、子どもを支配します。子どもは「感謝しなければならない」と刷り込まれ、愛情とコントロールが混ざった状態を経験します。
大人になっても、他人に対して過剰に尽くす傾向が出ることがあります。人のために生きることはとても大切ですが、無理な自己犠牲で自分を壊してしまう人は、幼少期のこうした刷り込みが影響しているのです。
6 「あなたのせいで〇〇になった」
毒親は自分の失敗や不満を子どもに押し付けることがあります。「お金がないのはあんたのせい」「私が苦労したのは全部あんたのせい」などです。
こうした言葉は、子どもに「私は人を不幸にする存在だ」という罪悪感を植え付けます。大人になっても、他人の感情や状況を自分のせいだと思い込み、心が休まらない状態を作ってしまいます。
7 「あんたなんか、産まなきゃよかった」
子供の存在そのものを否定する言葉です。言われた瞬間、子どもは「私は生きていていいのかな」と考えてしまいます。心に深く傷を残し、何年経っても癒えないことがあります。
この言葉を経験した方は、まず「あなたの価値は親の言葉で決まらない」と知ることが大切です。
毒親の言葉は、目に見えない傷を残します。
でも、その言葉があなたの本当の価値を決めるわけではありません。
あなたが苦しんでいるのは、決してあなたのせいではないのです。
大切なのは、まず「そういう経験をした自分がいる」と認識してあげることです。
その気持ちを無理に変えようとせず、ただ自分の中にある思いを静かに受け止めるだけでも十分です。
今日この記事を見ているあなたは、一人ではありません。同じように傷ついた人がいることを知り、共感できること自体が、回復の一歩になります。
リストカット 家族や友人の方に知ってほしいこと
自分の周りにリストカットをされている人はいますか?
リストカットをしている人を救うには周りの人の支えが大変重要です。
支えとなるためにも、是非今回の文章を読んでいただけると幸いでございます。
リストカットのように自分を傷つける行為を自傷行為と呼びます。自傷行為には、髪の毛を抜いてしまう抜毛症(ばつもうしょう)、皮膚をひっかく、皮膚を焼く、頭やこぶしを壁に打ち付ける、などがあります。また間接的に自分を傷つける行為も自傷行為として考える場合もあります。
過食嘔吐、全身のタトゥーやピアスの穴開け、薬物乱用、相手を選ばない性的交渉などがあげられます。リストカットと平行して、これらの間接的に自分を傷つける行為をしていることがあります。
自傷行為を自殺ととらえる方も多いと思いますが、とても死にたい気持ちを伴うものの全く異なるものです。自殺は命を絶つ目的で行いますが、自傷行為は体を傷つけたい衝動にかられて行ってしまうのです。
むしろ、辛い人生を生きていくための気持ちの逃げ場のようなものです。癖のように無意識にやってしまうこともあります。
ただし、自殺と違うと言っても、リストカットで手首の深いところにある動脈を切ってしまう場合は死に至ることもあります。死ぬわけでないからと安心するのは禁物です。
動物にも自傷行為がみられます。閉じ込められたペットや養殖の動物が自分の手足や尻尾を咬んだり、毛をむしったりすることがあります。これは動物たちが命を絶つためにやっていることでなく、不快な空間に閉じ込められ、怒りや絶望などの負の感情のやり場がなく起きてしまう行動なのです。
これには脳の中のセロトニンという物質が関係しているという研究もあります。人間も同じです。自分で処理することのできない負の感情が蓄積していくと、衝動的に自分を傷つけてしまうことがあるのです。
リストカットの心理的な背景には次のようなことがあります。
1.家族や恋人から虐待を受けている。孤立している。
2.学校や職場でストレスが多い。過度の競争の中にいる。いじめやハラスメントを受けている。
3.失恋、家族の死などの喪失体験。
4.受験や就職の失敗などの挫折体験。
5.自傷行為を肯定するような映画やドラマを見ている。アンジェリーナ・ジョリーやレディー・ガガなどのハリウッドセレブが過去の自傷体験を語っており、こうしたメディアの影響を受けている。
リストカットをする人に、なぜそうするのかを質問すると、様々な答えが返ってきます。
「血をみると生きている実感がする」「傷の痛みで辛いことが忘れられる」などがあります。また、よく憶えていないとか、血が流れるのをテレビの画面を見るようにボーっと見ている、という人もいます。リストカットをする半分以上の人が痛みを感じていないという報告もあります。なぜリストカットをしてしまうか、本人にとっては説明がつかないことが多いのです。
リストカットをする人は、気持ちを言葉にすることが苦手です。何が辛くて、自分を傷つけてしまうのか、それを質問しても明確な回答が得られないことが多いのです。また思い込みがつよかったり、感情のコントロールが苦手な人もいて、辛い気持ちをうまく解消することが不得意であったりします。
中高校生のリストカットの場合は、成長することで、苦しい気持ちを客観的に捉えられるようになり、それを言葉で表現したり、他の安全な方法で解消できるようになることでリストカットは減っていきます。
それでは、家族や友人にリストカットをしている人がいる場合にどうしたらよいでしょうか?
まず、リストカットを無意識のSOSと考えるべきでしょう。ここで誤解してもらいたくないことは、リストカットは周囲にアピールするためにわざとやっているわけではないことです。気持ちの逃げ場として仕方なくやってしまうことですから、叱ったり、無理にやめさせようとすることは逆効果です。
また、「何が辛いの!」と感情的になって追及しても明確な答えが出てくるとは限りません。自分を客観的に見る力や自分に気持ちを言葉にする力が不足している場合が多いのです。暖かく見守りながら、苦しい原因を周りが推測して取り除いてあげることが必要です。
リストカットの治療には心理療法が向いているので、カウンセリングを受けるのがよいでしょう。カウンセリングでは家族関係を見直したり、苦しい気持ちを言葉で表現することを手伝ってくれたり、リストカット以外の気持ちの解消法を探すような治療を行ってくれるでしょう。
しかし、本人に治療に消極的なことが多く、家族だけがカウンセリングを受けるケースが多いようです。
死にたい気持ちが非常につよく他の自殺方法も試みるような重症の場合や、背後にうつ病、躁うつ病、統合失調症などの精神疾患があると思われる場合は精神科での薬物治療が必要となります。
また、形成外科ではリストカット痕を消してくれるレーザー治療や植皮手術を受けられます。
リストカットは自殺行為と違います。命を終わらせようとしているのでなく、むしろ生きていくために無意識にやってしまう行為です。何が辛いのか、そこを理解してあげることが大切です。
うつ病になって情けないと感じてしまう
うつ病になって何もできないことを「情けない」と思っていませんか?
うつ病の回復には、月単位、年単位の時間がかかります。長く患っていると、やりたいことができないことを「情けないな」と感じることはないでしょうか。
例えば、「メールの返信ができない」、「服が片づけられず山のように積もっている」、「役所への大切な書類をいつまでも提出できない」、といったように、やりたいのにいつまでもやらない自分を責めてしまうのです。
それが高じると、「何もできないダメ人間」、「生きる価値がない」とどんどん自分を責め続けてしまいます。このように落ち込んでしまう時にはどのようにしたら良いのでしょうか?
そもそも、「情けない」と思ってしまうのは、「今の自分は病気でなく、努力をしないでいるだけ」という誤解があります。そのために、努力できないこと、頑張れないことを悔しく感じていて、「情けない」と自分を責めてしまうのです。
ですから、うつ病とは何なのか、その正体を正確に理解することで、「情けない」を減らすことができます。
そこで今回は、うつ病になって「情けない」と感じる人は、どのようにうつ病を捉え、それと向き合ったら良いのかを説明しましょう。
1 うつ病は努力できなくなる病気
うつ病は脳の働きが低下している病気です。症状は気分の落ち込みだけでなく、物事への興味や関心がなくなり、気力もなくなります。その上、倦怠感などの体の症状も現れます。
その結果起こることは、以前できていたことができなくなるということです。「努力できない」、「頑張れない」はうつ病の症状なのです。そういう病気だから、できなくて当たり前です。「情けない」と感じたら、「病気なんだから仕方ない」と開き直りましょう。
2 生きることだけで精一杯
何もできなくなる病気ですから、生きているだけで精一杯です。家族も同僚も働いているのに、自分は何もできません。
しかし、そもそも療養中ですから、元気な人と比べることはやめましょう。人は人、私は私です。「私はうつ病と格闘中、生きるだけで精一杯」で良いと思います。怠けているのではありません。
3 うつ病は誰でもなる
最近の研究では、うつ病は誰でもなる病気であることが分かりました。特定の性格の傾向や心が弱いからなったのではありません。うつ病は高血圧などの体の病気と同じで、特別な病気ではありません。
精神科に通うことが恥ずかしいという人がいますが、時代遅れの考え方です。現在、うつ病で通院中の日本人は100万人を超えています。精神科に通うことは特別なことではありません。
4 私のせいで病気になったのではない
自分を責め始めると、「何でこんな病気になったのかな」と考えることもあります。中には、「何か間違ったことをした罰なのかな」という考えに落ち込む人もいるでしょう。
うつ病とは、無理や我慢をし過ぎて心が傷つき、同時に脳の働きが弱ってしまった状態です。そもそも、今の世の中、無理や我慢をしないで生きて行くことはできません。頑張り過ぎ、我慢のし過ぎは仕方なかったことなのかと思います。ですから、自分のせいでうつ病になったのではありません。
5 肩書は気にしない
世の中には、やたらと肩書を自慢する人がいます。「有名大学を出た」、「資格を持っている」、「表彰されたことがある」、「どこそこに所属している」など、聞いていて気持ちの良いことではありません。私たちは、肩書で人の価値が決まるのではないことを知っているからです。
うつ病になって肩書がなくなったと嘆く人がいますが、肩書で人の本質が決まるものではありません。気にしないことが大切です。成績、地位、名誉など、社会への実績が人の価値を決めるのではありません。
5 頑張るのをやめる
「病気だからできない」と開き直ることをお勧めしましたが、このような考え方に抵抗を感じる人もいるようです。そういう人たちは、「自分を甘やかして、病気に逃げている」と言います。
開き直れないのは、頑張る生き方が当たり前に染みついていて、頑張らない生き方がダメな生き方であると勘違いしているからです。
私たちは、親からも学校からも、何事も目標を立てて努力することを教わってきました。これは人生を着実に生きて失敗をしないためです。
ところが、幸せになると信じて働き続け、その結果うつ病になりました。まるで梯子をはずされたような気分です。ですから、頑張ることが一概に正しいとは言えないのです。
頑張らない生き方とは、何事も無理をしないで一生懸命にならない生き方です。人と比べることをせず、できないことはやらない主義です。最低限のことだけやって、「あとは神様に任せた」という感じの生き方です。これは、怠けて生きることと違います。
頑張って生きている人は、何もしない1日が許せません。しかし、頑張らない生き方をしている人は、ボーっとして何もしない1日であっても自分を許すことができます。このような力を入れない生き方は、うつ病の回復にもつながるでしょう。
ASDの人の食事
ASDの人は会食が苦手です。
アスペルガー症候群、最近では自閉スペクトラム症・ASDと呼ばれていますが、脳の発達の問題を抱えているため、特徴的な行動パターンがあります。
あまり知られていませんが、食事のとり方に関しても、特徴が見られます。特に会食の場で辛い思いをすることがあり、食事の場面で困りごとを抱えているASDの人は少なくありません。
そこで今回は、「ASDの人の食事や食べ方の特徴」について紹介しましょう。ASDの人の食事のスタイルは、「性格やわがまま」のせいではなく、脳の構造に伴う感覚の敏感さやこだわりによるものであることを理解していただけたら幸いです。
1 「他の家の子はちゃんとしてるのに」
毒親は、比較によって子どもに劣等感を植えつけることがあります。兄弟や他人の子と比べて、「あなたはダメ」「もっとしっかりしなさい」と言われる経験は、子どもの心に深く刻まれます。
たとえば、学校の成績やスポーツ、家事の手伝いなど、少しの差でも指摘されることがあります。子どもは「努力しても認めてもらえない」「褒められるのは他の子よりできたときだけ」と学ぶのです。
こうした経験は、大人になっても「他人の評価ばかりを気にする」「自分を十分に認められない」という形で残ります。自分の価値を他人と比較してしまうクセがついてしまうのです。
2 「なんでそんなこともできないの?」
これは、子どもの能力そのものを否定する言葉です。失敗やミスをしたときに投げかけられると、「自分は劣っている」と強く感じてしまいます。さらに「また怒られるかもしれない」と不安になり、挑戦することや自分の意見を言うことを恐れるようになります。
その結果、大人になっても挑戦に臆病になったり、意見を押し殺す性格になることがあります。たとえば、仕事で自分のアイデアを提案するのが怖い、ミスをすると必要以上に落ち込む、そんな傾向です。
毒親のこうした言葉は、子どもの自己効力感を奪い、挑戦心を萎えさせるのです。
3 「兄弟はできてるのに」
兄弟間での比較も、毒親が使う典型的な言葉です。「お兄ちゃんはできてるのに、あなたは…」「妹は勉強できるのに、あなたはダメだ」こうした言葉は、子どもに「自分は家族の中で価値が低い」と感じさせます。
兄弟の存在は愛されているかもしれませんが、自分は認めてもらえないその思いは大人になっても、自己肯定感の低さや罪悪感として残ります。また、兄弟や他人と比べ続ける癖は、社会に出てからも「常に誰かと比べてしまう」という形で現れます。
4 「誰のおかげで飯が食えてると思ってるの?」
この言葉は、感謝を強制し、存在を支配する言葉です。毒親は子どもの生活や教育のすべてを「自分が与えたもの」と考え、恩を押し付けます。
この結果、子どもは「自分は親の許可がなければ何もできない」と思い込み、自己肯定感を育む機会を失います。大人になっても、「他人の期待に応えないと愛されない」と感じる傾向が続き、自己犠牲の習慣がついてしまいます。
5 「育ててやったんだから感謝しなさい」
これは恩を利用して子どもを縛る典型的な言葉です。親が子どもを育てるのは当然の責任ですが、毒親はそれを“貸し”のように扱い、子どもを支配します。子どもは「感謝しなければならない」と刷り込まれ、愛情とコントロールが混ざった状態を経験します。
大人になっても、他人に対して過剰に尽くす傾向が出ることがあります。人のために生きることはとても大切ですが、無理な自己犠牲で自分を壊してしまう人は、幼少期のこうした刷り込みが影響しているのです。
6 「あなたのせいで〇〇になった」
毒親は自分の失敗や不満を子どもに押し付けることがあります。「お金がないのはあんたのせい」「私が苦労したのは全部あんたのせい」などです。
こうした言葉は、子どもに「私は人を不幸にする存在だ」という罪悪感を植え付けます。大人になっても、他人の感情や状況を自分のせいだと思い込み、心が休まらない状態を作ってしまいます。
7 「あんたなんか、産まなきゃよかった」
子供の存在そのものを否定する言葉です。言われた瞬間、子どもは「私は生きていていいのかな」と考えてしまいます。心に深く傷を残し、何年経っても癒えないことがあります。
この言葉を経験した方は、まず「あなたの価値は親の言葉で決まらない」と知ることが大切です。
毒親の言葉は、目に見えない傷を残します。
でも、その言葉があなたの本当の価値を決めるわけではありません。
あなたが苦しんでいるのは、決してあなたのせいではないのです。
大切なのは、まず「そういう経験をした自分がいる」と認識してあげることです。
その気持ちを無理に変えようとせず、ただ自分の中にある思いを静かに受け止めるだけでも十分です。
今日この記事を見ているあなたは、一人ではありません。同じように傷ついた人がいることを知り、共感できること自体が、回復の一歩になります。
親を恨んでいるけれど、好きな人
今回のテーマは「親を恨んでいるけれど好きな人」です。
この言葉を聞いて「まさに自分のことだ」と感じる方もいるかもしれません。親に対して深い恨みを持ちながらも、心の奥底では嫌いきれない、むしろ好きでいてしまう。この矛盾した気持ちは、多くの人が苦しむテーマです。
親子という関係はとても特別です。私たちは生まれた瞬間から親に依存し、愛情を求めて生きてきました。しかし、その親が必ずしも理想的な存在とは限りません。ときに親の言動や態度は、子どもの心に深い傷を残します。
今日は、そんな「恨んでいるのに好き」という矛盾した気持ちを抱える人の心の内側を見つめながら、一緒に整理していきたいと思います。
1. 親に恨みを抱く理由
まず、「なぜ親に恨みを持ってしまうのか」という点を考えてみましょう。
恨みの根っこには「傷つけられた経験」があります。例えば、暴言や暴力を受けた経験。あるいは無視や放置といった、存在を否定されるような対応。兄弟姉妹と差別されたり、過剰に期待を押しつけられたりした人もいます。
親に恨みを持つ人の多くは、「どうしてあの時、あんなことをされたのか」「なぜ守ってくれなかったのか」という思いを抱え続けています。子どもにとって親は絶対的な存在であり、唯一無二の安全基地であるはずです。その存在から傷つけられることは、裏切りであり深い失望でもあるのです。
2. それでも好きでいてしまう理由
ではなぜ、その親を嫌いきれないのでしょうか。
ここには「依存」と「愛着」という、人間が生まれ持った心理が深く関わっています。
子どもは生き延びるために親に依存します。食べ物を与えてくれるのも、眠る場所を守ってくれるのも、安心させてくれるのも親。だから、どんなに傷つけられても、心のどこかで「この人に愛されたい」という思いが消えません。これは理屈ではなく、生き物として備わっている本能なのです。
そしてもうひとつ忘れてはいけないのが、「血のつながり」という要素です。親子関係は社会的な契約や選択で生まれるものではなく、否応なく生まれた瞬間から結ばれるもの。血のつながりには、私たちの心に「切り離せない絆」の感覚を強く植えつける力があります。
たとえどれだけ心を傷つけられたとしても、「同じ血が流れている」という事実は変わりません。「この人は世界でたった一人の自分の親なのだ」という意識が、心の奥深くで働き続けるのです。
だからこそ、理性では「もう嫌いだ」「距離を置こう」と思っても、無意識の部分では「やっぱり親だから」という気持ちが芽生えてしまうのです。その感情が時に「好き」という形で表れたり、「感謝」という形で浮かんできたりする。これが「恨んでいるけど好き」という矛盾を強くしてしまう背景でもあります。
大人になってからも、この感覚は簡単に消えることはありません。心の奥には常に「親からの愛情を求めてしまう自分」が存在していて、完全に断ち切ることは難しいのです。血のつながりと愛着、その両方が複雑に絡み合って、私たちの感情を揺さぶり続けるのです。
3. 恨みと愛情が同居する苦しさ
「恨んでいるけど好き」という気持ちは、心に大きな葛藤を生みます。
「嫌いなら嫌いで突き放せばいいのに」「好きなら恨みを捨てればいいのに」と思うかもしれませんが、人間の心はそんなに単純ではありません。
例えば、親の誕生日や体調を気にしてしまう自分がいる。親が喜んでいる姿を見ると、嬉しく感じてしまう。だけど同時に、「どうして自分はあんなことをされたのに、まだ好きでいられるのだろう」と自分を責めてしまう。
この「好き」と「恨み」が同時に存在すること自体が、強いストレスになります。そしてその葛藤が心を消耗させ、罪悪感や無力感につながっていくのです。
4. 周囲に理解されにくい感情
さらに厄介なのは、この感情が周囲に理解されにくいということです。
「親を恨んでいる」と話すと、「親なんだから感謝しなきゃ」「産んでくれただけでありがたいと思いなよ」「その歳で親を恨んでいるの?」と言われることがあります。逆に「親が好き」と言えば、「あんなひどいことをされたのに、まだ好きでいるなんておかしい」と言われるかもしれません。
そのたびに「自分の気持ちは間違っているのか」「こんな矛盾した気持ちを持つ自分はおかしいのか」と、ますます自分を責めてしまうのです。けれど、実際にはこの気持ちはとても自然なものです。恨みと愛情は、同じ心の中に同居できるものなのです。
5. 親を恨むことの裏にある「期待」
親を恨むというのは、実は「本当はもっと愛してほしかった」「理解してほしかった」という期待の裏返しでもあります。
もし親に対して最初から何の期待もなければ、傷つくことも恨むこともありません。恨みが強いということは、それだけ「親にこうあってほしかった」という願いが強かったということなのです。
その期待が裏切られたとき、私たちは怒りや悲しみを抱きます。そしてその怒りが積もり積もって「恨み」という形になります。
6. 「好き」という気持ちの正体
では、「好き」という気持ちはどこから来るのでしょうか。
それは単純に「親だから」というだけではなく、親との間にあった小さな優しさや、楽しかった思い出が積み重なっているからです。どんなにひどい親であっても、全てが憎しみの記憶ではありません。
運動会に来てくれたこと、好きな料理を作ってくれたこと、一緒に笑った瞬間。その一つひとつの記憶が、親への「好き」という気持ちを生み出しているのです。
だからこそ、恨みと愛情は完全に消し合うことはなく、同時に心の中に残り続けるのです。
7. 親との距離感に悩む
この矛盾した気持ちを抱える人の多くは、親との距離感に悩みます。
「もう関わりたくない」と思う一方で、「縁を切るのはやりすぎかな」と迷ったりします。親の老後や介護を考えたとき、罪悪感が押し寄せてきたりもします。
親を完全に嫌うこともできない、でも心から愛することもできない。その狭間で揺れ動き続けるのが「親を恨んでいるけれど好きな人」の特徴です。
8. その気持ちを否定しないこと
最後に大事なのは、「恨んでいるけれど好き」という気持ちはおかしなことではない、ということです。
人間の心は複雑で、相反する気持ちが同時に存在するのは自然なことです。矛盾しているように見えて、それがむしろ人間らしい心の動きなのです。
もし、親がまだ生きているならば、親が「ごめん」と謝ってくれたり、「何か尽くして」くれたら、恨みが消えていくかも知れません。逆に久しぶりに会った親に、昔と変わらないひどい態度を取られれば、「好き」という気持ちが完全になくなるかも知れません。これはあなたとあなたの親が今後どのように関わっていくかによります。
もし、あなたが子供にひどいことをしてしまった親であれば、今からでも子供に対してできるだけ尽くしてあげてください。たくさん謝ってください。そうしたらもしかしたら、小さい頃、あなたに向けてくれた笑顔をまた見せてくれるかも知れません。
もしあなたが親からひどいことをされてしまった子供側なら、今の自分の気持ちをありのまま受け入れてみてください。親ともう一度関わってみたいなと思ったら、連絡してみても良いし、もう顔も見たくないと思うのなら、気持ちの整理がつくまで連絡しないというのも自分の心を守るために大切なことです。
恨みの裏には「愛されたい」「理解されたい」という強い思いがあり、好きという気持ちは親との小さな温かい記憶から生まれています。その二つが同居するのは不思議でもおかしなことでもなく、人として自然な心の動きなのです。
親との関係は簡単に整理できるものではありません。だからこそ、自分の複雑な気持ちを認めることから始めてみてください。
いじめる人の心理
いじめ・ハラスメントをする人は、心の弱い人です。
「いじめ・ハラスメントは犯罪である」と言われていますが、未だになくなりません。社会が成熟していくと、権力や立場をもった人は、それを世の中のために生かし、恵まれない人を助けるのが筋です。力を武器にして弱い人を攻撃することは決して許されることではありません。
いじめやハラスメントを受けた人の心には深い傷跡が残ります。被害を受けた時の状況を思い出して不安が続くだけでなく、自信を失い、人付き合いができなくなり、対人関係にも大きな影響が出ます。
気持ちを表現することができなくなることや、些細なことでパニックを起こすこともあるでしょう。こうした状態に対して、長い間適切な病名がなかったのですが、WHOは2018年に「複雑性PTSD」という病名をつけました。
このような大きな心の障害を引き起こすことから、いじめ・ハラスメントは犯罪であるという認識が定着し、加害者たちには社会的な制裁が加えられるようになっています。それでもいじめ・ハラスメントのニュースは後を絶ちません。なぜなくならないのでしょうか?
これまでの心理学では、いじめ被害者の心の傷に対する調査は多かったのですが、加害者に対する研究は少ない傾向にありました。最近では、加害者に対する調査や、生まれ育った環境に関する調査も行われています。
今回はこうした研究を通して分かった、いじめ・ハラスメントをする人の心理を紹介しましょう。加害者の歪んだ心理を通して、いじめの原因を探っていきたいと思います。
1 生活に不満がある
中学生・高校生のいじめの加害者の調査によると、加害者のほとんどは日常生活に大きな不満を抱えており、中にはうつ状態であるケースもありました。また、虐待やネグレクトなどのトラウマを抱えていて、それを引きずっているケースもあったそうです。
職場のハラスメントの加害者の調査でも同様の結果が出ています。いじめやハラスメントをする人には、共通して何らかの日常生活の不満を抱えており、その腹いせで弱い人を攻撃していることが理解できます。
2 嫉妬心が強い
いじめの加害者に共通する性格として、嫉妬心が強いことが分かっています。虚栄心も強く、自分を人より強く見せようとする傾向もありました。
いじめをする人は、自分に自信がありません。いじめを通して優越感を感じることで満足を得ようとしていることが理解できます。他人との比較でしか自分の価値を感じられないのです。
3 共感力が低い
人は成熟するに伴い、他人の気持ちに共感し、相手の喜怒哀楽を理解できるようになります。特に相手の辛い気持を理解できることは、人として大変重要な能力です。人として成長した証拠とも言えるものです。
ところが、いじめの加害者は、自分の行動を通して、相手がどう感じるかをイメージできません。他人に共感する力が低いために、自分が同じことをされたら、どんなに嫌かを想像できないのです。心が子供の状態で成長していないと言えるでしょう。
「自分がやられて嫌なことは人にもやらない」ということは社会では当たり前のことですが、それができないのです。
4 家庭環境が悪い
中学生のいじめ加害者の場合、本人だけでなく、その家庭の調査も行われました。そこでは、いじめをする子供は、親との情的なつながりが低く、親への信頼も低いことが分かっています。
また、いじめ加害者の親の傾向としては、子供に無関心であったり、逆に過干渉であったりすることが知られています。特に調査では、親が子供を馬鹿にする、からかう、皮肉をいうといった行為が日常的に行われていたことも分かりました。いじめをする子供は、親の姿の真似をしていることが理解できます。
5 孤立するのが怖い
いじめには、首謀者とそれに共犯する者の2つのタイプがあります。共犯する人の多くは、孤立することへの不安からいじめに参加することが知られています。
共犯者たちは、いじめをすることに強い動機があるのでなく、なんとなく自分が除け者にされることが怖いことからいじめに参加しているのです。これは学校だけでなく、職場でも見られる現象です。
昔から「長い物には巻かれろ」ということわざがあるように、自分を守るためにつよい者に逆らわず、とりあえず黙っていじめに参加してしまうのです。
6 歪んだ正義感をもっている
職場でハラスメントをした人の聞き取り調査をすると、ほぼすべての人がハラスメントである自覚を持っていません。「会社のためにやっただけ」、「その人のために叱っただけ」ということを言います。
昭和の頃の会社は、「叱られて一人前になる」と言われ、会社で怒鳴る、人前で吊るし上げる、手が出ることも日常茶飯事でした。
時代は変わり、「自分が昔やられていたから、自分も後輩にやって良い」は通用しなくなりました。目的は何であれ、相手を傷つけることは許されません。時代は進んでいるのに、昔の価値観で生きている人が残っているのです。
また、最近ではネットでのいじめが増えています。顔を出さないで、社会的制裁と称してネットでバッシングをするのです。不愉快な相手に攻撃を加えることで、自分の不満を発散しているのです。これは歪んだ正義感と言うべきでしょう。
いじめ・ハラスメント加害者の研究を通して、加害者は、育った環境に問題があり、成熟できていない人であることが分かりました。
そして、現在の生活に不満があるといじめが起きます。いじめ・ハラスメント防止は社会全体で取り組まなくてはならない問題なのです。
「自分がやられて嫌なことは、人にやらない」という基本的なことを、すべての人が実践する社会になることが必要です。いじめられる人は弱い人ではありません。いじめ・ハラスメントをする人こそ心の弱い人なのです。
ADHDの職業について
発達障害の傾向がある人は、自分に向いていない仕事を選びがちと言われています。これは、自分の個性がどんな仕事に向いているのかを十分に考えて来なかったことが原因のようです。
子供の頃の夢がそのまま自分の職業になると考えたり、偏差値だけで大学の専門を決めてしまい、そのまま向いていない職業を選んでしまったりということが多いのです。
例えば、念願だった看護師になって、病棟勤務が始まった途端にミスの連発。叱られることが重なり、ついにうつ病になって退職、といったことが起こります。
後先を考えずに合わない職場に飛び込んでしまい、無理をして心を病んでしまう発達障害の人は大変多く、実際に発達障害の約半数がうつ病で通院しているというデータもあります。
今回は、発達障害の中でも注意欠如多動症・ADHDの人の仕事選びについて解説しましょう。
1 夢がそのまま自分の職業になるとは限らない
25年前の「ビューティフルライフ」というテレビドラマで、キムタクが美容師を演じた時、その姿に憧れて美容師を目指す人が増えました。
ところが実際になってみると、カッコいいだけではなく、センス、手先の器用さ、体力も要求される仕事のために、個性に合わずに辞めてしまう人も多かったようです。夢や憧(あこが)れがそのまま自分の職業になるとは限らないのです。
ADHDの人は衝動的な判断をしやすいのですが、仕事選びに関しては、夢や思い付きでなく、自分の特性を優先するべきでしょう。憧れの職業につくよりも、自分が活かされる職業の方が満足感は大きいものです。
自分の特性が良く分からないという人は、カウンセリングルームで行われている心理検査や知能検査などを利用するのも良いかもしれません。
2 向いていない仕事は避ける
仕事選びには特性を優先するべきと言いましたが、一番大切なことは自分に合わない仕事を選ばないということです。
ADHDの人は集中にムラがあり、ジッとしているのが苦手なため、単調な作業、細かい数字を追うような仕事、細かいルールだらけの仕事は向いていません。
3 焦らず探す
会社は外から見ているのと、実際に中で働くのとでは違いがあります。入社したら「最初に言われていたことと違う」ということは良くある話です。
やってみて初めて自分に合わないと気づくことも多いのです。合わないと思ったら長く居座らないことです。嫌な思いをする前に辞めて、次に進むようにしましょう。
昭和の頃は「終身雇用」といって、最初に入った会社に自分の生涯を捧げるというのが当たり前でしたが、今は自分に合う仕事を見つけるまでは何度転職しても良い時代です。
また、どこを探しても適切なところが見つからない場合は、障害雇用を選択するのも良いでしょう。実際に、ADHDの診断を受けた人の2割は障害雇用を利用しています。
4 ADHDの強みがある
環境や仕事の種類によっては、ADHDの特性はむしろ大きな武器になります。例えば、ADHDの人は興味のあることに対して驚異的な集中力を発揮できます。これを「ハイパーフォーカス」と呼びます。
さらに、発想力・アイデア力にも優れ、既存の枠にとらわれない柔軟な思考をもっていると言われています。アップル社の創始者であり、マックパソコンやアイフォンの発明者であるスティーブジョブスも、ADHDであったことをカミングアウトしています。古くは発明王エジソンもADHDであったと言われており、ハイパーフォーカスの持ち主として有名です。
また、行動力と瞬発力があり、思い立ったらすぐ動くエネルギーも特性です。そこから、新しい環境や出来事に適応しやすいといった強みもあります。
5 ADHDの強みを活かせる仕事
ADHDの強みを活かせる仕事を具体的に紹介しましょう。まずは、行動力があり、人付き合いが得意な人が活かせる仕事としては 、営業職、販売員・ホテルや飲食店ホールスタッフ・バリスタなどの接客業、観光ガイド・添乗員などがあるでしょう。
アイデア力を生かせる仕事では、イベント企画、映像編集・動画クリエイター、WEBデザイナーなどがあり、実際に活躍している人たちがいます。
障害雇用に関しても、現在はたくさんの職種が選べます。残業がなく、給与が比較的少ないことはありますが、どれも立派な仕事であるに変わりありません。
また、自由に行動したいことから、フリーランスを選ぶ人が多いようです。中には起業して成功している人もいます。
障害雇用に関しても、現在はたくさんの職種が選べます。残業がなく、給与が比較的少ないことはありますが、どれも立派な仕事であるに変わりありません。
以上、ADHDの人の仕事選びについてでした。
ADHDは欠点と考えるのではなく、「脳の特性」と考えるべきです。その特性が活きる場所では、驚くほどの成果を出すことも可能です。無理をして合わない職場で辛い思いを続けるのでなく、特性に合った職場に移るだけで人生は劇的に変わります。
自分が活かされている実感は、生きる力になるのです。自分の特性をよく理解し、才能を最大限に発揮できることを願っています。