ASDの人の食事
ASDの人は会食が苦手です。
アスペルガー症候群、最近では自閉スペクトラム症・ASDと呼ばれていますが、脳の発達の問題を抱えているため、特徴的な行動パターンがあります。
あまり知られていませんが、食事のとり方に関しても、特徴が見られます。特に会食の場で辛い思いをすることがあり、食事の場面で困りごとを抱えているASDの人は少なくありません。
そこで今回は、「ASDの人の食事や食べ方の特徴」について紹介しましょう。ASDの人の食事のスタイルは、「性格やわがまま」のせいではなく、脳の構造に伴う感覚の敏感さやこだわりによるものであることを理解していただけたら幸いです。
アスペルガー症候群、最近では自閉スペクトラム症・ASDと呼ばれていますが、脳の発達の問題を抱えているため、特徴的な行動パターンがあります。
あまり知られていませんが、食事のとり方に関しても、特徴が見られます。特に会食の場で辛い思いをすることがあり、食事の場面で困りごとを抱えているASDの人は少なくありません。
そこで今回は、「ASDの人の食事や食べ方の特徴」について紹介しましょう。ASDの人の食事のスタイルは、「性格やわがまま」のせいではなく、脳の構造に伴う感覚の敏感さやこだわりによるものであることを理解していただけたら幸いです。
1 「他の家の子はちゃんとしてるのに」
毒親は、比較によって子どもに劣等感を植えつけることがあります。兄弟や他人の子と比べて、「あなたはダメ」「もっとしっかりしなさい」と言われる経験は、子どもの心に深く刻まれます。
たとえば、学校の成績やスポーツ、家事の手伝いなど、少しの差でも指摘されることがあります。子どもは「努力しても認めてもらえない」「褒められるのは他の子よりできたときだけ」と学ぶのです。
こうした経験は、大人になっても「他人の評価ばかりを気にする」「自分を十分に認められない」という形で残ります。自分の価値を他人と比較してしまうクセがついてしまうのです。
2 「なんでそんなこともできないの?」
これは、子どもの能力そのものを否定する言葉です。失敗やミスをしたときに投げかけられると、「自分は劣っている」と強く感じてしまいます。さらに「また怒られるかもしれない」と不安になり、挑戦することや自分の意見を言うことを恐れるようになります。
その結果、大人になっても挑戦に臆病になったり、意見を押し殺す性格になることがあります。たとえば、仕事で自分のアイデアを提案するのが怖い、ミスをすると必要以上に落ち込む、そんな傾向です。
毒親のこうした言葉は、子どもの自己効力感を奪い、挑戦心を萎えさせるのです。
3 「兄弟はできてるのに」
兄弟間での比較も、毒親が使う典型的な言葉です。「お兄ちゃんはできてるのに、あなたは…」「妹は勉強できるのに、あなたはダメだ」こうした言葉は、子どもに「自分は家族の中で価値が低い」と感じさせます。
兄弟の存在は愛されているかもしれませんが、自分は認めてもらえないその思いは大人になっても、自己肯定感の低さや罪悪感として残ります。また、兄弟や他人と比べ続ける癖は、社会に出てからも「常に誰かと比べてしまう」という形で現れます。
4 「誰のおかげで飯が食えてると思ってるの?」
この言葉は、感謝を強制し、存在を支配する言葉です。毒親は子どもの生活や教育のすべてを「自分が与えたもの」と考え、恩を押し付けます。
この結果、子どもは「自分は親の許可がなければ何もできない」と思い込み、自己肯定感を育む機会を失います。大人になっても、「他人の期待に応えないと愛されない」と感じる傾向が続き、自己犠牲の習慣がついてしまいます。
5 「育ててやったんだから感謝しなさい」
これは恩を利用して子どもを縛る典型的な言葉です。親が子どもを育てるのは当然の責任ですが、毒親はそれを“貸し”のように扱い、子どもを支配します。子どもは「感謝しなければならない」と刷り込まれ、愛情とコントロールが混ざった状態を経験します。
大人になっても、他人に対して過剰に尽くす傾向が出ることがあります。人のために生きることはとても大切ですが、無理な自己犠牲で自分を壊してしまう人は、幼少期のこうした刷り込みが影響しているのです。
6 「あなたのせいで〇〇になった」
毒親は自分の失敗や不満を子どもに押し付けることがあります。「お金がないのはあんたのせい」「私が苦労したのは全部あんたのせい」などです。
こうした言葉は、子どもに「私は人を不幸にする存在だ」という罪悪感を植え付けます。大人になっても、他人の感情や状況を自分のせいだと思い込み、心が休まらない状態を作ってしまいます。
7 「あんたなんか、産まなきゃよかった」
子供の存在そのものを否定する言葉です。言われた瞬間、子どもは「私は生きていていいのかな」と考えてしまいます。心に深く傷を残し、何年経っても癒えないことがあります。
この言葉を経験した方は、まず「あなたの価値は親の言葉で決まらない」と知ることが大切です。
毒親の言葉は、目に見えない傷を残します。
でも、その言葉があなたの本当の価値を決めるわけではありません。
あなたが苦しんでいるのは、決してあなたのせいではないのです。
大切なのは、まず「そういう経験をした自分がいる」と認識してあげることです。
その気持ちを無理に変えようとせず、ただ自分の中にある思いを静かに受け止めるだけでも十分です。
今日この記事を見ているあなたは、一人ではありません。同じように傷ついた人がいることを知り、共感できること自体が、回復の一歩になります。
親を恨んでいるけれど、好きな人
今回のテーマは「親を恨んでいるけれど好きな人」です。
この言葉を聞いて「まさに自分のことだ」と感じる方もいるかもしれません。親に対して深い恨みを持ちながらも、心の奥底では嫌いきれない、むしろ好きでいてしまう。この矛盾した気持ちは、多くの人が苦しむテーマです。
親子という関係はとても特別です。私たちは生まれた瞬間から親に依存し、愛情を求めて生きてきました。しかし、その親が必ずしも理想的な存在とは限りません。ときに親の言動や態度は、子どもの心に深い傷を残します。
今日は、そんな「恨んでいるのに好き」という矛盾した気持ちを抱える人の心の内側を見つめながら、一緒に整理していきたいと思います。
この言葉を聞いて「まさに自分のことだ」と感じる方もいるかもしれません。親に対して深い恨みを持ちながらも、心の奥底では嫌いきれない、むしろ好きでいてしまう。この矛盾した気持ちは、多くの人が苦しむテーマです。
親子という関係はとても特別です。私たちは生まれた瞬間から親に依存し、愛情を求めて生きてきました。しかし、その親が必ずしも理想的な存在とは限りません。ときに親の言動や態度は、子どもの心に深い傷を残します。
今日は、そんな「恨んでいるのに好き」という矛盾した気持ちを抱える人の心の内側を見つめながら、一緒に整理していきたいと思います。
1. 親に恨みを抱く理由
まず、「なぜ親に恨みを持ってしまうのか」という点を考えてみましょう。
恨みの根っこには「傷つけられた経験」があります。例えば、暴言や暴力を受けた経験。あるいは無視や放置といった、存在を否定されるような対応。兄弟姉妹と差別されたり、過剰に期待を押しつけられたりした人もいます。
親に恨みを持つ人の多くは、「どうしてあの時、あんなことをされたのか」「なぜ守ってくれなかったのか」という思いを抱え続けています。子どもにとって親は絶対的な存在であり、唯一無二の安全基地であるはずです。その存在から傷つけられることは、裏切りであり深い失望でもあるのです。
2. それでも好きでいてしまう理由
ではなぜ、その親を嫌いきれないのでしょうか。
ここには「依存」と「愛着」という、人間が生まれ持った心理が深く関わっています。
子どもは生き延びるために親に依存します。食べ物を与えてくれるのも、眠る場所を守ってくれるのも、安心させてくれるのも親。だから、どんなに傷つけられても、心のどこかで「この人に愛されたい」という思いが消えません。これは理屈ではなく、生き物として備わっている本能なのです。
そしてもうひとつ忘れてはいけないのが、「血のつながり」という要素です。親子関係は社会的な契約や選択で生まれるものではなく、否応なく生まれた瞬間から結ばれるもの。血のつながりには、私たちの心に「切り離せない絆」の感覚を強く植えつける力があります。
たとえどれだけ心を傷つけられたとしても、「同じ血が流れている」という事実は変わりません。「この人は世界でたった一人の自分の親なのだ」という意識が、心の奥深くで働き続けるのです。
だからこそ、理性では「もう嫌いだ」「距離を置こう」と思っても、無意識の部分では「やっぱり親だから」という気持ちが芽生えてしまうのです。その感情が時に「好き」という形で表れたり、「感謝」という形で浮かんできたりする。これが「恨んでいるけど好き」という矛盾を強くしてしまう背景でもあります。
大人になってからも、この感覚は簡単に消えることはありません。心の奥には常に「親からの愛情を求めてしまう自分」が存在していて、完全に断ち切ることは難しいのです。血のつながりと愛着、その両方が複雑に絡み合って、私たちの感情を揺さぶり続けるのです。
3. 恨みと愛情が同居する苦しさ
「恨んでいるけど好き」という気持ちは、心に大きな葛藤を生みます。
「嫌いなら嫌いで突き放せばいいのに」「好きなら恨みを捨てればいいのに」と思うかもしれませんが、人間の心はそんなに単純ではありません。
例えば、親の誕生日や体調を気にしてしまう自分がいる。親が喜んでいる姿を見ると、嬉しく感じてしまう。だけど同時に、「どうして自分はあんなことをされたのに、まだ好きでいられるのだろう」と自分を責めてしまう。
この「好き」と「恨み」が同時に存在すること自体が、強いストレスになります。そしてその葛藤が心を消耗させ、罪悪感や無力感につながっていくのです。
4. 周囲に理解されにくい感情
さらに厄介なのは、この感情が周囲に理解されにくいということです。
「親を恨んでいる」と話すと、「親なんだから感謝しなきゃ」「産んでくれただけでありがたいと思いなよ」「その歳で親を恨んでいるの?」と言われることがあります。逆に「親が好き」と言えば、「あんなひどいことをされたのに、まだ好きでいるなんておかしい」と言われるかもしれません。
そのたびに「自分の気持ちは間違っているのか」「こんな矛盾した気持ちを持つ自分はおかしいのか」と、ますます自分を責めてしまうのです。けれど、実際にはこの気持ちはとても自然なものです。恨みと愛情は、同じ心の中に同居できるものなのです。
5. 親を恨むことの裏にある「期待」
親を恨むというのは、実は「本当はもっと愛してほしかった」「理解してほしかった」という期待の裏返しでもあります。
もし親に対して最初から何の期待もなければ、傷つくことも恨むこともありません。恨みが強いということは、それだけ「親にこうあってほしかった」という願いが強かったということなのです。
その期待が裏切られたとき、私たちは怒りや悲しみを抱きます。そしてその怒りが積もり積もって「恨み」という形になります。
6. 「好き」という気持ちの正体
では、「好き」という気持ちはどこから来るのでしょうか。
それは単純に「親だから」というだけではなく、親との間にあった小さな優しさや、楽しかった思い出が積み重なっているからです。どんなにひどい親であっても、全てが憎しみの記憶ではありません。
運動会に来てくれたこと、好きな料理を作ってくれたこと、一緒に笑った瞬間。その一つひとつの記憶が、親への「好き」という気持ちを生み出しているのです。
だからこそ、恨みと愛情は完全に消し合うことはなく、同時に心の中に残り続けるのです。
7. 親との距離感に悩む
この矛盾した気持ちを抱える人の多くは、親との距離感に悩みます。
「もう関わりたくない」と思う一方で、「縁を切るのはやりすぎかな」と迷ったりします。親の老後や介護を考えたとき、罪悪感が押し寄せてきたりもします。
親を完全に嫌うこともできない、でも心から愛することもできない。その狭間で揺れ動き続けるのが「親を恨んでいるけれど好きな人」の特徴です。
8. その気持ちを否定しないこと
最後に大事なのは、「恨んでいるけれど好き」という気持ちはおかしなことではない、ということです。
人間の心は複雑で、相反する気持ちが同時に存在するのは自然なことです。矛盾しているように見えて、それがむしろ人間らしい心の動きなのです。
もし、親がまだ生きているならば、親が「ごめん」と謝ってくれたり、「何か尽くして」くれたら、恨みが消えていくかも知れません。逆に久しぶりに会った親に、昔と変わらないひどい態度を取られれば、「好き」という気持ちが完全になくなるかも知れません。これはあなたとあなたの親が今後どのように関わっていくかによります。
もし、あなたが子供にひどいことをしてしまった親であれば、今からでも子供に対してできるだけ尽くしてあげてください。たくさん謝ってください。そうしたらもしかしたら、小さい頃、あなたに向けてくれた笑顔をまた見せてくれるかも知れません。
もしあなたが親からひどいことをされてしまった子供側なら、今の自分の気持ちをありのまま受け入れてみてください。親ともう一度関わってみたいなと思ったら、連絡してみても良いし、もう顔も見たくないと思うのなら、気持ちの整理がつくまで連絡しないというのも自分の心を守るために大切なことです。
恨みの裏には「愛されたい」「理解されたい」という強い思いがあり、好きという気持ちは親との小さな温かい記憶から生まれています。その二つが同居するのは不思議でもおかしなことでもなく、人として自然な心の動きなのです。
親との関係は簡単に整理できるものではありません。だからこそ、自分の複雑な気持ちを認めることから始めてみてください。
いじめる人の心理
いじめ・ハラスメントをする人は、心の弱い人です。
「いじめ・ハラスメントは犯罪である」と言われていますが、未だになくなりません。社会が成熟していくと、権力や立場をもった人は、それを世の中のために生かし、恵まれない人を助けるのが筋です。力を武器にして弱い人を攻撃することは決して許されることではありません。
いじめやハラスメントを受けた人の心には深い傷跡が残ります。被害を受けた時の状況を思い出して不安が続くだけでなく、自信を失い、人付き合いができなくなり、対人関係にも大きな影響が出ます。
気持ちを表現することができなくなることや、些細なことでパニックを起こすこともあるでしょう。こうした状態に対して、長い間適切な病名がなかったのですが、WHOは2018年に「複雑性PTSD」という病名をつけました。
このような大きな心の障害を引き起こすことから、いじめ・ハラスメントは犯罪であるという認識が定着し、加害者たちには社会的な制裁が加えられるようになっています。それでもいじめ・ハラスメントのニュースは後を絶ちません。なぜなくならないのでしょうか?
これまでの心理学では、いじめ被害者の心の傷に対する調査は多かったのですが、加害者に対する研究は少ない傾向にありました。最近では、加害者に対する調査や、生まれ育った環境に関する調査も行われています。
今回はこうした研究を通して分かった、いじめ・ハラスメントをする人の心理を紹介しましょう。加害者の歪んだ心理を通して、いじめの原因を探っていきたいと思います。
「いじめ・ハラスメントは犯罪である」と言われていますが、未だになくなりません。社会が成熟していくと、権力や立場をもった人は、それを世の中のために生かし、恵まれない人を助けるのが筋です。力を武器にして弱い人を攻撃することは決して許されることではありません。
いじめやハラスメントを受けた人の心には深い傷跡が残ります。被害を受けた時の状況を思い出して不安が続くだけでなく、自信を失い、人付き合いができなくなり、対人関係にも大きな影響が出ます。
気持ちを表現することができなくなることや、些細なことでパニックを起こすこともあるでしょう。こうした状態に対して、長い間適切な病名がなかったのですが、WHOは2018年に「複雑性PTSD」という病名をつけました。
このような大きな心の障害を引き起こすことから、いじめ・ハラスメントは犯罪であるという認識が定着し、加害者たちには社会的な制裁が加えられるようになっています。それでもいじめ・ハラスメントのニュースは後を絶ちません。なぜなくならないのでしょうか?
これまでの心理学では、いじめ被害者の心の傷に対する調査は多かったのですが、加害者に対する研究は少ない傾向にありました。最近では、加害者に対する調査や、生まれ育った環境に関する調査も行われています。
今回はこうした研究を通して分かった、いじめ・ハラスメントをする人の心理を紹介しましょう。加害者の歪んだ心理を通して、いじめの原因を探っていきたいと思います。
1 生活に不満がある
中学生・高校生のいじめの加害者の調査によると、加害者のほとんどは日常生活に大きな不満を抱えており、中にはうつ状態であるケースもありました。また、虐待やネグレクトなどのトラウマを抱えていて、それを引きずっているケースもあったそうです。
職場のハラスメントの加害者の調査でも同様の結果が出ています。いじめやハラスメントをする人には、共通して何らかの日常生活の不満を抱えており、その腹いせで弱い人を攻撃していることが理解できます。
2 嫉妬心が強い
いじめの加害者に共通する性格として、嫉妬心が強いことが分かっています。虚栄心も強く、自分を人より強く見せようとする傾向もありました。
いじめをする人は、自分に自信がありません。いじめを通して優越感を感じることで満足を得ようとしていることが理解できます。他人との比較でしか自分の価値を感じられないのです。
3 共感力が低い
人は成熟するに伴い、他人の気持ちに共感し、相手の喜怒哀楽を理解できるようになります。特に相手の辛い気持を理解できることは、人として大変重要な能力です。人として成長した証拠とも言えるものです。
ところが、いじめの加害者は、自分の行動を通して、相手がどう感じるかをイメージできません。他人に共感する力が低いために、自分が同じことをされたら、どんなに嫌かを想像できないのです。心が子供の状態で成長していないと言えるでしょう。
「自分がやられて嫌なことは人にもやらない」ということは社会では当たり前のことですが、それができないのです。
4 家庭環境が悪い
中学生のいじめ加害者の場合、本人だけでなく、その家庭の調査も行われました。そこでは、いじめをする子供は、親との情的なつながりが低く、親への信頼も低いことが分かっています。
また、いじめ加害者の親の傾向としては、子供に無関心であったり、逆に過干渉であったりすることが知られています。特に調査では、親が子供を馬鹿にする、からかう、皮肉をいうといった行為が日常的に行われていたことも分かりました。いじめをする子供は、親の姿の真似をしていることが理解できます。
5 孤立するのが怖い
いじめには、首謀者とそれに共犯する者の2つのタイプがあります。共犯する人の多くは、孤立することへの不安からいじめに参加することが知られています。
共犯者たちは、いじめをすることに強い動機があるのでなく、なんとなく自分が除け者にされることが怖いことからいじめに参加しているのです。これは学校だけでなく、職場でも見られる現象です。
昔から「長い物には巻かれろ」ということわざがあるように、自分を守るためにつよい者に逆らわず、とりあえず黙っていじめに参加してしまうのです。
6 歪んだ正義感をもっている
職場でハラスメントをした人の聞き取り調査をすると、ほぼすべての人がハラスメントである自覚を持っていません。「会社のためにやっただけ」、「その人のために叱っただけ」ということを言います。
昭和の頃の会社は、「叱られて一人前になる」と言われ、会社で怒鳴る、人前で吊るし上げる、手が出ることも日常茶飯事でした。
時代は変わり、「自分が昔やられていたから、自分も後輩にやって良い」は通用しなくなりました。目的は何であれ、相手を傷つけることは許されません。時代は進んでいるのに、昔の価値観で生きている人が残っているのです。
また、最近ではネットでのいじめが増えています。顔を出さないで、社会的制裁と称してネットでバッシングをするのです。不愉快な相手に攻撃を加えることで、自分の不満を発散しているのです。これは歪んだ正義感と言うべきでしょう。
いじめ・ハラスメント加害者の研究を通して、加害者は、育った環境に問題があり、成熟できていない人であることが分かりました。
そして、現在の生活に不満があるといじめが起きます。いじめ・ハラスメント防止は社会全体で取り組まなくてはならない問題なのです。
「自分がやられて嫌なことは、人にやらない」という基本的なことを、すべての人が実践する社会になることが必要です。いじめられる人は弱い人ではありません。いじめ・ハラスメントをする人こそ心の弱い人なのです。
ADHDの職業について
発達障害の傾向がある人は、自分に向いていない仕事を選びがちと言われています。これは、自分の個性がどんな仕事に向いているのかを十分に考えて来なかったことが原因のようです。
子供の頃の夢がそのまま自分の職業になると考えたり、偏差値だけで大学の専門を決めてしまい、そのまま向いていない職業を選んでしまったりということが多いのです。
例えば、念願だった看護師になって、病棟勤務が始まった途端にミスの連発。叱られることが重なり、ついにうつ病になって退職、といったことが起こります。
後先を考えずに合わない職場に飛び込んでしまい、無理をして心を病んでしまう発達障害の人は大変多く、実際に発達障害の約半数がうつ病で通院しているというデータもあります。
今回は、発達障害の中でも注意欠如多動症・ADHDの人の仕事選びについて解説しましょう。
子供の頃の夢がそのまま自分の職業になると考えたり、偏差値だけで大学の専門を決めてしまい、そのまま向いていない職業を選んでしまったりということが多いのです。
例えば、念願だった看護師になって、病棟勤務が始まった途端にミスの連発。叱られることが重なり、ついにうつ病になって退職、といったことが起こります。
後先を考えずに合わない職場に飛び込んでしまい、無理をして心を病んでしまう発達障害の人は大変多く、実際に発達障害の約半数がうつ病で通院しているというデータもあります。
今回は、発達障害の中でも注意欠如多動症・ADHDの人の仕事選びについて解説しましょう。
1 夢がそのまま自分の職業になるとは限らない
25年前の「ビューティフルライフ」というテレビドラマで、キムタクが美容師を演じた時、その姿に憧れて美容師を目指す人が増えました。
ところが実際になってみると、カッコいいだけではなく、センス、手先の器用さ、体力も要求される仕事のために、個性に合わずに辞めてしまう人も多かったようです。夢や憧(あこが)れがそのまま自分の職業になるとは限らないのです。
ADHDの人は衝動的な判断をしやすいのですが、仕事選びに関しては、夢や思い付きでなく、自分の特性を優先するべきでしょう。憧れの職業につくよりも、自分が活かされる職業の方が満足感は大きいものです。
自分の特性が良く分からないという人は、カウンセリングルームで行われている心理検査や知能検査などを利用するのも良いかもしれません。
2 向いていない仕事は避ける
仕事選びには特性を優先するべきと言いましたが、一番大切なことは自分に合わない仕事を選ばないということです。
ADHDの人は集中にムラがあり、ジッとしているのが苦手なため、単調な作業、細かい数字を追うような仕事、細かいルールだらけの仕事は向いていません。
3 焦らず探す
会社は外から見ているのと、実際に中で働くのとでは違いがあります。入社したら「最初に言われていたことと違う」ということは良くある話です。
やってみて初めて自分に合わないと気づくことも多いのです。合わないと思ったら長く居座らないことです。嫌な思いをする前に辞めて、次に進むようにしましょう。
昭和の頃は「終身雇用」といって、最初に入った会社に自分の生涯を捧げるというのが当たり前でしたが、今は自分に合う仕事を見つけるまでは何度転職しても良い時代です。
また、どこを探しても適切なところが見つからない場合は、障害雇用を選択するのも良いでしょう。実際に、ADHDの診断を受けた人の2割は障害雇用を利用しています。
4 ADHDの強みがある
環境や仕事の種類によっては、ADHDの特性はむしろ大きな武器になります。例えば、ADHDの人は興味のあることに対して驚異的な集中力を発揮できます。これを「ハイパーフォーカス」と呼びます。
さらに、発想力・アイデア力にも優れ、既存の枠にとらわれない柔軟な思考をもっていると言われています。アップル社の創始者であり、マックパソコンやアイフォンの発明者であるスティーブジョブスも、ADHDであったことをカミングアウトしています。古くは発明王エジソンもADHDであったと言われており、ハイパーフォーカスの持ち主として有名です。
また、行動力と瞬発力があり、思い立ったらすぐ動くエネルギーも特性です。そこから、新しい環境や出来事に適応しやすいといった強みもあります。
5 ADHDの強みを活かせる仕事
ADHDの強みを活かせる仕事を具体的に紹介しましょう。まずは、行動力があり、人付き合いが得意な人が活かせる仕事としては 、営業職、販売員・ホテルや飲食店ホールスタッフ・バリスタなどの接客業、観光ガイド・添乗員などがあるでしょう。
アイデア力を生かせる仕事では、イベント企画、映像編集・動画クリエイター、WEBデザイナーなどがあり、実際に活躍している人たちがいます。
障害雇用に関しても、現在はたくさんの職種が選べます。残業がなく、給与が比較的少ないことはありますが、どれも立派な仕事であるに変わりありません。
また、自由に行動したいことから、フリーランスを選ぶ人が多いようです。中には起業して成功している人もいます。
障害雇用に関しても、現在はたくさんの職種が選べます。残業がなく、給与が比較的少ないことはありますが、どれも立派な仕事であるに変わりありません。
以上、ADHDの人の仕事選びについてでした。
ADHDは欠点と考えるのではなく、「脳の特性」と考えるべきです。その特性が活きる場所では、驚くほどの成果を出すことも可能です。無理をして合わない職場で辛い思いを続けるのでなく、特性に合った職場に移るだけで人生は劇的に変わります。
自分が活かされている実感は、生きる力になるのです。自分の特性をよく理解し、才能を最大限に発揮できることを願っています。
仕事を休むサイン
同じ働くことでも、「仕事」と「労働」の違いをご存知ですか?
同じ働くことでも、「仕事」と「労働」では意味が違います。「仕事」とは、自己実現や社会貢献を目的に、情熱や興味をもって取り組む活動のことです。働くことへのやる気や誇りがあるのが仕事です。
これとは違って、「労働」とは、お金を稼ぐ目的に働くことです。主体的に取り組むのでなく、やらされている感覚が伴います。生きるために仕方なく行なう活動で、やらなくて済むなら普通はやりません。「苦役」という言葉にも近く、もっと酷い言い方をすると「奴隷」というイメージもあります。
仕事と労働には、明確な線が引けないところもありますが、あなたが働いているのは仕事でしょうか?それとも労働でしょうか?労働の要素がつよくなってくると、心を病みやすくなります。お金の目的だけで、やりたくないことをやらされていると日々心がすり減っていくのです。
仕事の内容以上に心が病んでしまう原因は、嫌な人のもとで働くことです。自己中心的、権威的、高圧的、不親切、人を馬鹿にしたような態度、意地悪など、こうした人と毎日接するだけで生気が吸い取られてしまいます。彼らは強制収容所の看守のような人間です。
やりたくない労働を続けていると、心と体に変調を来すようになり、うつ病になってしまいます。状態が悪くなる前に、働くことを一旦やめて、休まなくてはいけません。
今回は、働き方が奴隷のような労働となってしまい、休んだ方が良いサインを7つ紹介しましょう。
同じ働くことでも、「仕事」と「労働」では意味が違います。「仕事」とは、自己実現や社会貢献を目的に、情熱や興味をもって取り組む活動のことです。働くことへのやる気や誇りがあるのが仕事です。
これとは違って、「労働」とは、お金を稼ぐ目的に働くことです。主体的に取り組むのでなく、やらされている感覚が伴います。生きるために仕方なく行なう活動で、やらなくて済むなら普通はやりません。「苦役」という言葉にも近く、もっと酷い言い方をすると「奴隷」というイメージもあります。
仕事と労働には、明確な線が引けないところもありますが、あなたが働いているのは仕事でしょうか?それとも労働でしょうか?労働の要素がつよくなってくると、心を病みやすくなります。お金の目的だけで、やりたくないことをやらされていると日々心がすり減っていくのです。
仕事の内容以上に心が病んでしまう原因は、嫌な人のもとで働くことです。自己中心的、権威的、高圧的、不親切、人を馬鹿にしたような態度、意地悪など、こうした人と毎日接するだけで生気が吸い取られてしまいます。彼らは強制収容所の看守のような人間です。
やりたくない労働を続けていると、心と体に変調を来すようになり、うつ病になってしまいます。状態が悪くなる前に、働くことを一旦やめて、休まなくてはいけません。
今回は、働き方が奴隷のような労働となってしまい、休んだ方が良いサインを7つ紹介しましょう。
1 感情がなくなる
生活費を稼ぐための労働の日々で、やってもやっても心の満足がない生活を続けていると、ついには物事に興味や関心を失い、生きる気力も失っていきます。共産圏の強制労働所の労働者がそうであるように、何事にも心が動かなくなってしまうのです。
心理学では、このような状態を「学習された無力感」と呼んでいます。
感情を失うため、表情もなくなり、まるでロボットのようです。「きれいな自然を見ても何も感じない」、「人と会っても楽しくない」、「周りの人が何をしていても関心がない」、「動画や音楽にふれてもうるさいだけ」、こうなったら働くことを一旦やめなくてはならないサインです。
2 ミスが増える
奴隷のように働いていると集中力が落ちてくるので、小さなミスを連発するようになります。そこで自分がおかしくなっていることに気づいて休めれば良いのですが、ほとんどの場合、大きな失敗をしでかしてしまい、無理していたことを後悔することになるでしょう。
ミスが目立ってくるようになるのは、パフォーマンスが低下している証拠であり、働くことを休んだ方が良いサインです。無理をして良いことはありません。
3 逃げ出したい
毎日の苦役に耐えられなくなると、世の中から逃げ出したくなったり、家にひきこもりたくなったりするのは当然のことです。「朝起きたくない」、「人と会いたくない」という気持ちも同じです。心が助けを求めているのです。
また、「お金がないのに買い物をしてしまう」、「食べるのが止まらない」、「家に帰らず、街をブラブラする」、「アルコールの量が増えた」というのは、逃げたい気持ちが行動に出てしまっているサインです。
「逃げ出したい」、「ひきこもりたい」というのは心の素直な気持ちです。これは怠けとか心が弱いからでなく、今の生活を続けていてはいけないという心の叫びと考えるべきです。放置せず、働き方を見直しましょう。
4 眠れない
「寝つきが悪い」、「途中で何度も目が覚める」といった睡眠障害は働き過ぎのサインです。働いている夢を見る人もいますが、これは眠っていても働いているということです。
また、職場の意地悪な人が怪物やゾンビのような不気味な姿となって襲ってくることもあります。どちらも労働によって心が病み始めているサインです。
5 自律神経失調症
胃腸障害、胸の不快感などの不定愁訴も働き過ぎのサインです。病院に行って異常がないと言われても、これは自律神経が失調しているのです。
病院で何でもないからと言って、体調が悪いのに働き続けることは良くありません。やはり休むべきサインです。
6 好きだった仕事が嫌いになる
仕事に生きがいを持てることは素晴らしいことです。ところが、生きがいをもって仕事をしていても、働く量や時間が自分のキャパを越えるような場合は労働になってしまいます。
本来の自分のペースを保てなくなると、徐々にやる気を失うようになり、いつしか仕事が嫌になってしまうでしょう。
また、好きな仕事であっても、嫌な人といっしょに働くことは心を病む大きな原因です。世の中には意地悪で、人の心を病気にさせてしまうような人もいますが、こうした人といっしょに働かざるをえない場合もあります。
できるだけ関わりがないように過ごすべきですが、接点が多いようならば上司や人事に相談して、配置を変えてもらうようにしましょう。
このように、いくら好きな仕事と言っても、職場によっては労働のようになってしまう場所もあるのです。
7 うつ病
有給休暇などを使って2週間の休みをとっても、心と体の状態が改善しない場合は、単なる疲労ではなく、うつ病や適応障害の可能性があります。早めに精神科を受診することをお勧めします。
うつ病や適応障害の診断がついた時、薬の治療を受けて働きながら治す方法もありますが、できれば2カ月以上の休職をしましょう。
「仕事が残っている」、「職場に迷惑をかけたくない」といった理由で、「休まなくても大丈夫です」と言い張る患者さんもいますが、医師に診断書を書いてもらうようにして、自宅療養をするようにしましょう。
今回紹介した内容に当てはまるならば、有給休暇と休日をうまくつかって、できるだけ連続した休みをとるようにしましょう。2年くらい勤務しているならば2週間程度の休みが取れるはずです。それでも元気にならないならば、上司・職場の産業医に相談してください。
また、直接精神科を受診して担当医に相談してみることも可能です。
私たちは学校を卒業してから働くのが常識と教えられてきましたが、会社の奴隷になるために社会に出たのではありません。自分の可能性を伸ばし、生きがいを感じるために社会に出たはずです。
もし、いまの生活が奴隷のように感じるならば、休むことを考え、働き方について考える時間をもちましょう。生きるために働き過ぎて、心を病んでしまっては元も子もありません。
お金よりも心の満足の方が大切です。それができない職場ならば、別の職場を探すべきです。労働ではなく、仕事をするようにしましょう。
部屋が表す心の感情
あなたの部屋の状態から、あなたの心の状態を知ることができます。
私たちが暮らす部屋は、ただの生活空間にとどまらず、心の状態をそのまま映し出していることがあります。部屋を見れば、その人の感情や内面の傾向がわかるのです。これは古くから心理学や精神医学の世界でも語られている興味深いテーマの1つです。
今回は、部屋の状態と心の関係、そこから見えてくる感情のサイン、そして部屋を整えることを通して心を整える方法について解説していきましょう。
私たちが暮らす部屋は、ただの生活空間にとどまらず、心の状態をそのまま映し出していることがあります。部屋を見れば、その人の感情や内面の傾向がわかるのです。これは古くから心理学や精神医学の世界でも語られている興味深いテーマの1つです。
今回は、部屋の状態と心の関係、そこから見えてくる感情のサイン、そして部屋を整えることを通して心を整える方法について解説していきましょう。
1. 部屋は「心の鏡」
部屋は、住んでいる人が好みの物をレイアウトするので、その人の性格が表れると思われがちです。しかし、実際には「性格」ではなく「心の状態」を表しています。
たとえば、散らかった部屋を見ると「あ、この人はだらしないのかな?」と考えがちです。しかし、実際には、散らかっている背景には性格よりも心の疲れが隠れていることが多いのです。
普段は几帳面な人でも、心が疲れていると部屋が荒れてしまうことは珍しくありません。ですから、部屋の状態は心の鏡とも言えるのです。
2. 散らかった部屋の心
散らかった部屋は、心の疲れを映し出していると言いました。なぜなら、片付けができないのは怠けているからではなく、むしろ、心のエネルギーが尽きかけている可能性があるからです。
人は強いストレスにさらされると、生きるための最低限のことしかできなくなり、掃除や整理にまで手が届かなくなってしまいます。散らかった空間は、心が疲れを訴えているサインとも言えるでしょう。
また、乱れた部屋は不安や焦りを表すことがあります。モノをため込みすぎるのは「失うことへの恐れ」の裏返しです。過去にしがみつく気持ちや、先の見えない未来への不安が、気づかないうちに積み重なった荷物になるのです。
さらに、モノで埋め尽くされた部屋は、外の世界から自分を守る殻のような役割を果たすことがあります。
人は不安を強く感じると、身の回りをモノで囲み、閉じられた空間の中に安心を求めようとします。雑然とした部屋は、心が必死に自分を守ろうとした結果なのかもしれません。
3. 生活感のない部屋の心
常に整理整頓が行き届き、生活感すら感じさせないような部屋はどうでしょうか?そこには完璧であろうとする意識や、強い不安を抑え込もうとする気持ちが潜んでいます。部屋を完璧に整えることで、乱れそうになる心を何とか制御しようとしているのです。
また、人生の中で自分の思い通りにならないことが積み重なると、人は「せめて部屋だけは自分の意志で動かせる場所にしたい」と強く願います。その結果、必要以上に掃除や整頓にこだわり、わずかな乱れさえも許せなくなってしまうことがあります。コントロールできることを通して心の均衡を保とうとしているのです。
さらに、きれいすぎる部屋は、「しっかりした人」「几帳面で隙のない人」という印象を与えます。ところが、その実態は「感情を見せたくない」「弱さを知られたくない」という防衛のサインであることも少なくありません。まるで整った空間そのものが仮面となり、自分の心を守ろうとしているのです。
4. 孤独な人の部屋
部屋の状態は、人間関係や孤独感とも深く結びついています。たとえば、部屋を真っ暗にしてカーテンを閉め切っているとき、それは外の世界と関わりたくない気持ちのあらわれです。
人とのつながりに疲れたり、傷ついた経験があったりすると、外に向かう気力を失い、自分だけの殻の中に閉じこもろうとします。その心の状態が、光を遮断した部屋という形で表れるのです。
また、ベッドや布団のまわりにモノが散乱しているとき、それは孤独を埋めようとする無意識の行動でもあります。人の温もりや安心感を求めているのに、それを手にできないと、モノを身の回りに置くことで心の隙間を埋めようとします。モノに囲まれて眠ることで、孤独を紛らわそうとするのです。
さらに、テレビやスマホをつけっぱなしにしてしまうのも、刺激のない孤独に耐えられないからです。静けさが訪れると、心の中に押し込めていた寂しさや不安が顔を出します。そこで映像や音で絶えず部屋を満たし、自分が一人であることを感じにくくしようとするのです。
このように、自分が孤独をどう受け止め、どう埋め合わせようとしているのかを部屋の状態から知ることができます。
5. 部屋を整えることは、心を整えること
部屋の乱れが心の乱れであることを説明してきましたが、逆に考えると、部屋を整えることで心を整えることも可能ということです。
とはいえ、大掛かりな片付けをする必要はありません。いきなり大掃除をしなくても、机の上を整理する、ゴミを捨てる、それだけでも心の中に小さな余裕が生まれます。その小さな一歩が、思っている以上に大きな変化の種になるはずです。
また、部屋のカーテンを開けて光と風を取り入れることは、気分をリセットするうえで非常に効果的です。太陽の光を浴びると脳内でセロトニンが分泌され、気持ちが前向きになります。外の風を感じながら深呼吸をすれば、自律神経が整い、心も軽くなるはずです。
さらに、香りや音も心を整える大切な要素です。アロマの香りに包まれたり、好きな音楽を流したりすると、部屋の空気そのものが変わります。心にも良い影響を与えてくれるはずです。外から働きかけて、内側の感情を調律するのです。
よく断捨離と言われますが、モノを減らすことも心を整える方法のひとつです。必要以上にモノを抱え込まないことは、不安や執着を手放す練習にもなります。
「これがなくても大丈夫」という感覚を持てるようになると、心は軽くなり、安定していきます。
部屋を整えることは、ただ生活を快適にするだけでなく、自分の心と向き合い、少しずつ整えていく行為なのです。
6. 部屋と人生のライフステージ
部屋の状態は、そのときどきの人生のライフステージとも密接に結びついています。学生時代であれば、机の上は参考書やプリントであふれ、社会人になればスーツや仕事道具に変わっていきます。家族を持つようになれば、子どものモノが自然と部屋を埋め尽くしていくでしょう。
こうした変化はすべて、「今の自分の心の状態」と「人生で果たしている役割」を反映しています。だからこそ、部屋の状態を見直すことは、自分の人生そのものを見つめ直すことでもあるのです。
以上、部屋が表す心の状態について解説しました。
片付いていないからといって、自分の部屋の状態を恥じる必要はありません。むしろ「いまの自分の心は、こんなふうに感じているのだ」と気づくことが大切です。その気づきこそが、心を整える第一歩になります。
そして、片付けや掃除は、自分の心に優しく向き合うための方法でもあります。部屋を整えることは、自分を大切にすることなのです。
自殺が多い国と少ない国
貧しい国の人に、自殺が多いわけではありません。
日本は長い間「自殺大国」と呼ばれてきました。近年は少しずつ改善しているとはいえ、依然として先進国の中では高い水準にあります。では、なぜ国によって自殺率に差があるのでしょうか?
今回は「自殺率が高い国と低い国の違い」についてお話しします。その背景を深く掘り下げることで、自殺の原因を知ることができ、予防にもつなげることができるでしょう。
日本は長い間「自殺大国」と呼ばれてきました。近年は少しずつ改善しているとはいえ、依然として先進国の中では高い水準にあります。では、なぜ国によって自殺率に差があるのでしょうか?
今回は「自殺率が高い国と低い国の違い」についてお話しします。その背景を深く掘り下げることで、自殺の原因を知ることができ、予防にもつなげることができるでしょう。
1. 自殺率が高い国と低い国
まずは、世界で自殺率が高い国と低い国の違いについてお話しします。WHOの統計によると、2023年の自殺率が最も高い国はリトアニアです。次いで、韓国、3番目がスリナム、そしてロシアと続きます。
データによっては韓国が1番自殺率の高い国としているデータもあります。自殺大国と呼ばれていた日本は49位で、先進国にしてはいまだに高い水準です。
一方で、自殺率が低い国としては、サウジアラビアやクウェートなどの中東諸国、ブラジルやコロンビアなどの南米諸国が挙げられます。
それでは、なぜ国によって自殺率に差がでてしまうのかを説明しましょう。
2. 自殺と経済の関係
一般的には「貧しい国ほど自殺率が高い」と考えられがちですが、実際はそれほど単純ではありません。
たとえばアフリカの最貧国の多くは、生活は厳しいにもかかわらず、自殺率は低めです。一方で、比較的豊かで経済的に安定している韓国や日本、そしていくつかの東欧諸国では、自殺率が高いという現象が見られます。
なぜ豊かな国であっても自殺が多いのでしょうか。その背景には格差や社会のプレッシャーが大きく関わっています。
豊かであることは物質的な満足を意味しますが、経済的に豊かであっても、人々が置かれる社会環境や精神的負荷によって、自殺リスクは十分に高まるのです。
特に韓国や日本では、教育や仕事の競争が非常に激しく、社会からの期待が常に個人にのしかかります。学校ではトップの成績を求められ、就職では良い会社や安定した職を目指すことが当然とされます。
働き始めれば、長時間労働や職場での人間関係のストレス、評価への不安などが重なり、精神的なプレッシャーは計り知れません。
また、こうした国では「失敗は許されない」という文化的背景があることも見逃せません。間違いや挫折が個人の価値や人生の失敗と直結して考えられやすく、過剰な責任感を抱える人が多くなります。その結果、経済的には恵まれていても、精神的には孤立しやすく、強いストレスを抱え込む状況が生まれるのです。
3. 宗教や文化の自殺への影響
その国の「宗教や文化」は自殺率に大きな影響を与えます。
例えば、イスラム教圏の国々は、自殺率が世界的に見て非常に低い傾向があります。これはイスラム教で自殺が厳しく禁じられていることが影響しています。「死は神から与えられたものであり、自ら命を絶つことは神への冒涜である」と考えられるため、宗教的な抑制が働きやすいのです。
一方で、日本や韓国には「恥の文化」があります。過ちや失敗をしたときに「生き恥をさらすよりは…」という考えが無意識に根付いており、これが歴史的に自殺率を高めてきた背景のひとつといわれています。
また、キリスト教カトリック文化が強い南米諸国も自殺率が低めです。宗教的な価値観と、家族や地域共同体のつながりが強いことが背景にあります。
4. 孤独は自殺率を高める
「社会的つながり」も自殺率に大きく影響します。南米や地中海沿岸の国々では、家族や親戚、友人との絆が非常に強く、困ったときに相談できる相手が多く存在します。こうした人間関係の支えがあることで、精神的な負担を軽減し、自殺リスクを下げる効果があると考えられています。
一方で、日本や韓国、東ヨーロッパの一部では、都市化や個人主義によって孤独を感じる人が増えています。「孤独は喫煙や肥満以上に健康に悪影響を与える」とする研究もあるほどで、社会的な孤立は自殺率に直結する重要な要素です。
都市化が進むと生活は便利になりますが、家族や地域とのつながりは希薄になりやすく、人々は孤独を感じやすくなります。孤独はうつ病や不安のリスクを高めるだけでなく、助けを求めにくくする要因にもなります。
物質的な豊かさや生活の便利さがあっても、心のつながりが欠けていると、自殺リスクが高まるのです。
このことからわかるのは、豊かさや経済的な安定だけで生きる力は十分ではなく、人と人との心のつながりが自殺率に大きな影響を与えるという点です。
5. アルコール消費量が多いと自殺率が高い
もう一つ見逃せないのが、アルコールの消費量との関係です。
東ヨーロッパやロシアで自殺率が高い背景には、過度な飲酒が深く関わっています。統計的にも、アルコール消費量と自殺率には深い関係が見られます。これは、アルコールはうつ症状を悪化させ、衝動的な行動を引き起こしやすいからです。
日本でも、特に男性の自殺にはアルコール問題が絡んでいるケースが多く報告されています。飲酒文化が強い社会では、自殺率が上がりやすい傾向にあるのです。
6. 精神医療にアクセスしやすいと自殺率は下がる
国によって、心の病気を治療するハードルの高さには大きな差があります。北欧諸国では精神医療へのアクセスが比較的整っており、うつ病や不安障害といった心の不調を早期に発見し、適切にケアできる体制が整っています。
そのため、問題が深刻化する前に治療や支援が受けられ、自殺率を低く抑えやすい傾向があります。さらに、北欧諸国では精神的な健康に対する理解が広く、医療やカウンセリングを受けることに対する心理的な抵抗が少ないことも、早期対応を後押ししています。
一方で、日本や韓国では、精神科や心療内科を受診することに対する偏見が依然として根強く残っています。
「精神科に行くのは恥ずかしい」「弱い人間だと思われる」といった社会的な見られ方を気にして、心の不調を抱えたまま我慢してしまう人が少なくありません。その結果、治療の開始が遅れ、症状が深刻化してからやっと受診するケースが多く見られます。
こうした背景は、自殺率の高さにも直結しています。早期に適切なケアを受けられないことで、うつ病や不安障害は慢性化し、精神的な負荷が蓄積されやすくなるのです。
また、支援を求めにくい文化的な要素や社会的な孤立も重なることで、心理的に追い詰められた状態が長く続き、結果として自殺に至るリスクが高まります。
自殺率を下げるためには、単に医療体制を整えるだけでなく、心の病気に対する社会的偏見を減らし、相談や治療を受けやすい環境を作ることが不可欠です。教育や啓発、職場でのメンタルヘルス対策といった取り組みも、早期ケアを促す重要な要素となります。
7. 国が対策をすると自殺率は下がる
殺対策に積極的に取り組む国は、確実に成果を上げています。たとえばフィンランドは、1990年代には世界で最も自殺率が高い国の一つとして知られていました。しかし国をあげて自殺予防プログラムを実施した結果、20年以上にわたり自殺率を大幅に減少させることに成功しています。
具体的には、まず精神医療の体制を充実させ、うつ病や不安障害などの早期発見と治療を徹底しています。次にアルコール依存や過剰摂取を抑えるための規制を強化し、社会全体でリスクを減らす仕組みを整えています。
また、社会的孤立を防ぐ政策も進められ、高齢者や一人暮らしの人、孤立しやすい人たちへの支援を手厚くしています。さらに学校教育の現場では、子どもたちが自分や他者の心の健康に関心を持ち、適切に対処できる力を身につけられるよう、メンタルヘルス教育を重視しています。
このように国の政策や社会全体の取り組みが変わることで、自殺率は確実に下げられるのです。個人の努力だけでなく、社会や行政が一体となって支える体制を整えることが、最も効果的な自殺対策につながると言えるでしょう。
以上、自殺率の高い国と低い国の違いについて見てみました。
自殺率の高さには国や地域ごとの経済状況、社会的プレッシャー、格差社会、文化や宗教、社会的つながり、アルコール問題、医療アクセスのしやすさといった複数の要因が絡み合っています。そして、国の政策や社会全体の取り組み次第で、自殺率は確実に下げることができるのです。
私たち一人ひとりができることは小さなことかもしれません。しかし、家族や友人との関わりを大切にしたり、心の不調を周囲に相談したりすることが、誰かの命を守るきっかけになるかもしれません。社会全体で支え合う仕組みを作り、互いに気を配ることが、自殺を防ぐ大きな力になるのです。
苦労してきた人だけが知っていること
みなさんは、どんな人生を歩まれてきましたか?小さい頃思い描いていた人生はきっとキラキラして華やかな人生だったかも知れません。でも実際に大人になってみると辛いことが沢山あり、時に人生すら諦めたくなることもあります。
様々な苦労をしていくなかで、人は色々なことを知るのです。苦労していく中で、恨みがたまってしまったこともあるかも知れません。しかし、仮に恨みが取れなくても、今あなたが犯罪などを犯さずに生きているならば、必ず人として成長しています。
人は辛いことを経験すると人として成長していくのです。人の成長とは、お金持ちになることや社会的に知名度や権力などを持つことではありません。また、お金持ちや権力者がみんな苦労してきて人間的に素晴らしい訳でありません。
そこで、今回は苦労した人だけが知っていることを解説していきます。
様々な苦労をしていくなかで、人は色々なことを知るのです。苦労していく中で、恨みがたまってしまったこともあるかも知れません。しかし、仮に恨みが取れなくても、今あなたが犯罪などを犯さずに生きているならば、必ず人として成長しています。
人は辛いことを経験すると人として成長していくのです。人の成長とは、お金持ちになることや社会的に知名度や権力などを持つことではありません。また、お金持ちや権力者がみんな苦労してきて人間的に素晴らしい訳でありません。
そこで、今回は苦労した人だけが知っていることを解説していきます。
1. 努力だけではどうにもならない環境要因がある
成功者になった人は、そうでない人に対して、「お前は甘い」や「努力が足りないから貧しいんだよ」と言うことがあります。しかし、世の中はそんなに簡単にはできていません。
その人が努力したという事実はあるにしても周りの環境や運、恵まれた家庭、丈夫な体、頭の良さなど様々なことが大きく影響しています。極端な話ですが、その人が北朝鮮で生まれてしまったのなら、大金持ちにはなれなかったことでしょう。
それと同じように仮に日本で生まれたとしても自分ではどうしようもない要因が人生を阻み、うまく行かないことが沢山あるはずです。苦労してきた人はそれを知っています。
2. 人と比較しても仕方ない
世の中には、とんでもないほどのお金持ちの人達がいます。しかし、その上にももっとお金を持っている人もいます。お金だけでなく、とんでもないほどの顔が良い人、スタイルが良い人、頭が良い人、など嫉妬する対象を探したらキリがありません。
でも、逆に今日食べるご飯もない人、家がない人、戦争で苦しんでいる人など、我々が日本で生まれたことが大変幸福なことであると感じさせられるくらい辛い思いをしている人もいます。
「どうして自分は身長が低いのか」「どうしてもっと美人に生まれなかったのか」「もっと稼げたら」「結婚できたら」「お金持ちの家庭に生まれていれば」など人と比較しても、意味がないのです。本当に大切な人は自分がどん底の時に分かる
3. 人生順風満帆なときもあれば、苦しいときもある
人間万事塞翁が馬(にんげんばんじさいおうがうま)」という言葉があります。人生の吉凶や運不運は予測できないため、安易に喜んだり悲しんだりするべきではないというたとえです。
人生は何をやってもうまく行かないときもあれば、何故か良いことが立て続けに起きることもあります。人生にはいろんなことがあると知っている人は苦労してきた人です。
4. 毎日楽しいと人生が辛くなる
辛いことがあるから、楽しいことを楽しいと感じる。美味しいものを毎日食べていても美味しいと感じられなくなるし、太っていきます。
刺激的な生活を送っていると刺激をどんどんと強くしようとして、性的な強い快楽を求めようとしたり、危険なドラッグにハマっていったりします。人生が狂っていくのです。
5. 当たり前は当たり前ではない
私たちは日々の生活を「当たり前」のものとして過ごしています。しかし、実際にはその「当たり前」は決して当たり前ではなく、さまざまな要因が重なり合って成り立っているものです。
例えば、朝目覚めてご飯を食べ、仕事や学校へ行き、帰宅して家でくつろぐという日常。この一連の流れが普通に続くことは、多くの幸運が積み重なって実現しているのです。
健康であること、住む家があること、食事ができること、仕事があること、これらは決して「当然のこと」ではありません。災害や事故、病気など、突然の出来事によって、私たちの当たり前の生活は一瞬で崩れ去る可能性があるのです。
大地震が起これば住む場所を失うこともあるし、大病を患えば今までのような自由な生活ができなくなることもあるでしょう。仕事を失うことによって経済的な安定が崩れ、生活そのものが苦しくなることもあります。戦争や紛争が起こっている地域では、私たちが日々享受している「平和」という概念すら、簡単に崩れてしまうのです。
また、日常を支えてくれている人々の存在も忘れてはいけません。家族や友人、職場の同僚、さらには物流や医療など、社会を支える人々がいるからこそ、私たちは「当たり前」の生活を送ることができているのです。
電車が時間通りに動くこと、スーパーに行けば食品が並んでいること、道路が崩れないように整備されていること、これらもすべて誰かの働きによって成り立っているのです。
6. 本当に大切な人は、あなたがつらいときにいなくならなかった人
楽しいときや順調なときには、多くの人が周りに集まります。しかし、あなたが本当に苦しいとき、つらいときに、そばにいてくれる人はどれくらいいるでしょうか。
成功しているときや明るい未来が見えているときには、あなたに寄ってくる人が増えてきます。褒めてくれる人も多く、応援してくれる人もいるでしょう。しかし、それは「あなたがうまくいっているから」かもしれません。もし、何かのきっかけで失敗したり、病気になったり、経済的に困窮したりしたら、その人たちはどうするでしょうか。
つらい状況になると、思っていた以上に人が離れていくことがあります。「応援しているよ」と言っていた人が急に連絡を取らなくなったり、いつも一緒にいたはずの人が距離を置いたりすることもあるのです。これは悲しいことですが、同時に、本当に自分にとって大切な人が誰なのかを知る機会にもなります。
本当に大切な人とは、あなたがどんな状況でもそばにいてくれる人のことです。
もし、あなたが過去につらい経験をしたときに、変わらずにそばにいてくれた人がいたなら、その人は何よりも大切にすべき存在です。その人は、あなたの人生において特別な人であり、本当に信頼できる人なのです。
以上、苦労した人が知っていることを解説しました。
苦労を乗り越えた人は、「あのときに比べれば、今の困難は大したことない」と思えるようになります。どんなに辛くても、時間が経てば状況は変わるし、自分の力で立ち直れることを知っているのです。
苦労はできれば避けたいものですが、それを経験したからこそ見える景色があります。そして、その経験が人を強くし、深みのある人間にしていくのです。
だからこそ、今つらい状況にいる人も、無駄ではないと信じてほしいです。いつかきっと、その経験が自分の糧になる日が来るときまで。
うつがつらいときの正しい過ごし方
うつ病は回復期であっても、日々病状の波があります。「治った!」と感じるくらい具合が良い日もあれば、翌日には「もうダメだ」と具合が悪くなることもあるのです。
「三百六十五歩のマーチ」という昭和のヒット曲に、「3歩進んで2歩下がる」という有名なフレーズがありますが、うつ病の治り方もまさに「3歩進んで2歩下がる」です。
これを理解できていないと、「昨日は元気だったのに、今日は具合が悪くて何もできない」と、毎日の病状の変化を比べて落ち込む人がいます。ついには「うつ病は一生治らない」と結論を出してしまい、投げやりになることもあるでしょう。
では、調子が悪いときにはどうしたら良いのでしょうか?うつ病は「3歩進んで2歩下がる」病気と言いましたが、2歩下がった時の対処が大切なのです。今回はうつ症状がつらい時の過ごし方について解説したいと思います。
「三百六十五歩のマーチ」という昭和のヒット曲に、「3歩進んで2歩下がる」という有名なフレーズがありますが、うつ病の治り方もまさに「3歩進んで2歩下がる」です。
これを理解できていないと、「昨日は元気だったのに、今日は具合が悪くて何もできない」と、毎日の病状の変化を比べて落ち込む人がいます。ついには「うつ病は一生治らない」と結論を出してしまい、投げやりになることもあるでしょう。
では、調子が悪いときにはどうしたら良いのでしょうか?うつ病は「3歩進んで2歩下がる」病気と言いましたが、2歩下がった時の対処が大切なのです。今回はうつ症状がつらい時の過ごし方について解説したいと思います。
1. 薬はちゃんと飲めていますか?
まずは薬をきちんと飲めているかチェックしましょう。調子が良くなってくると忘れてしまうのが薬の大切さです。回復期に調子が悪くなる原因の第1位は、指示通りに薬をきちんと飲めていないことと言われています。
抗うつ薬は数日飲み忘れていても変化はありませんが、しばらくしてから効果が切れてしまい、飲み忘れに気づいた時にはかなり具合が悪くなっているのです。
2. とりあえずゴロゴロしましょう。
具合が悪い時に無理をしても、結局何もできないで終わってしまうのがうつ病です。脳の機能が低下しているため、作業ができないのです。充電切れのスマホが作動しないのと同じです。
そんな時はとにかくゴロゴロしていましょう。むしろ、このゴロゴロが回復につながります。「世の中の人は外で働いているのに」と、元気な人と比べて自分を責める必要はありません。
3.毎日の病状の変化を気にしない
うつ病は、雨の日に調子が悪いといったように、天候に左右される病気です。1日頑張ると数日寝込んでしまうということも起こります。
さまざまな要素が日々の状態に影響を与えるので、毎日のように「今日はどうだった」と病状を気にするのはやめましょう。
「先月より良くなっている」「去年の今頃より元気になった」という感じで、数か月単位、年単位で病状を比べるようにしましょう。
4. 無理して出かけない・特別な予定は入れない
うつ病の人がよく葛藤することは、予定通りに動けなくなりドタキャンをしてしまうことです。よく聞くのが、美容室や病院の予約です。前日まで元気でも、当日になると体調が悪くなって、行けなくなることが多いのです。
ドタキャンは避けたいのですが、無理は良くありません。行くか、行かないかで迷っている時は、キャンセルした方が良いでしょう。
とは言っても、ドタキャンを繰り返していると人からの信頼を失ってしまいます。そもそもうつ病の時はできるだけ特別な予定を入れない方が良いのです。
5. グルグル思考にハマらないようにする
ゴロゴロは回復につながると説明しましたが、横になっていると、過去を後悔したり、将来を悩んだり、頭の中にはいろいろなネガティブなことが浮かんで来ることもあります。
答えが出ないまま、同じことをグルグル考えることを反芻思考(はんすうしこう)と呼びます。考えないようにしようとするほど、よけいに考えてしまうのが反芻思考です。そんな時は意識を別のことに向けましょう。
一番良いのは家族や友人と話すことですが、相手の事情もありますので、動画を見てみる、音楽を聴くなど、意識を映像や音に向けることも良いと思います。
6. 体に意識を向けてみる
グルグル思考から意識をそらすためには、体に意識を向けることも良い方法です。その場でストレッチをしてみる、シャワーを浴びてみる、思い切って散歩に出てみるのも良いかも知れません。何か美味しい物を口にするのも手です。
ストレッチだけでなく、ピラティス、ヨガ、ダンスなど、体調が良い時に体を動かす習慣を少しずつ身に着けておくと、いざという時に役に立ちます。
7. たくさん眠ること
たくさん眠ることはうつ病の最高の治療法です。調子の悪い時はともかく眠りましょう。昼夜逆転にならないようにすれば昼寝もお勧めです。「みんな睡眠時間を削って働いているのに、きのうは12時間寝た」といって自分を責める必要はありません。
これとは逆に、不安などで眠れないことはうつ病を悪化させてしまいます。眠れない場合は薬の調整が必要かも知れませんので、主治医とよく相談してみてください。
以上、回復期にうつ症状がつらい時の過ごし方について解説しました。
何もできない日には「情けない」と自分を責めてしまうのがうつ病の特徴です。
しかし、こういう日にこそ「病気だから仕方ない」と開き直って、ゆっくり過ごすのです。「今日は調子が悪くて何もできない最悪な1日」と思うのではなく、「今日は療養に専念する1日」と発想を転換してみてはどうでしょうか。
自殺の原因
死神の正体を知っていますか?
死神はファンタジーの世界の存在ですが、自殺未遂をした患者さんの話を聞いていると、実際に存在するような気持ちになります。
例えば、ホームから電車に飛び込もうとした患者さんは、突然後ろから「飛び込め!」という声とともに、突き飛ばされたような感じがしたのが原因だと言います。
また、窓から飛び降りて奇跡的に助かった人の話では、パートナーからきつい言葉を言われた途端に頭が真っ白になり、やはり「飛び降りなくてはならない!」という強い衝動にかられて飛び降りてしまったそうです。
精神医学では、死にたい気持ちのことを希死念慮と呼び、主にうつ病などの精神疾患の症状として現れます。希死念慮に取り憑かれると、普段からぼんやり消えていなくなりたい気持ちがついて回り、何かの拍子に衝動的に大きくなることを繰り返します。
そして、理性が衝動に負けてしまった時に実行に移されてしまいます。まるで人生のどこかの時点で死神に取り憑かれ、心が弱ったタイミングで死神が暴れ出す感じです。
実は、希死念慮を自分の心の内側の存在ではなく、死神のような心の外の存在として考えることは、治療的にも効果があります。これを精神医学では「外在化(がいざいか)」と呼びます。抱えている葛藤を外に表現することで、葛藤が軽くなる現象です。
漫画「デスノート」にリュークという死神が主人公の横にいますが、希死念慮をそんなイメージで捉えることは治療的に意味があります。希死念慮を感じたら、「死神がやってきた」と客観的に考えることで、衝動を抑えることができるのです。
今回の記事では、どんな人が希死念慮を感じやすいのかを説明しましょう。なぜ死神に取り憑かれてしまうのか、その理由を解明したいと思います。これをもとに、外在化を使った希死念慮の扱い方も解説します。
死神はファンタジーの世界の存在ですが、自殺未遂をした患者さんの話を聞いていると、実際に存在するような気持ちになります。
例えば、ホームから電車に飛び込もうとした患者さんは、突然後ろから「飛び込め!」という声とともに、突き飛ばされたような感じがしたのが原因だと言います。
また、窓から飛び降りて奇跡的に助かった人の話では、パートナーからきつい言葉を言われた途端に頭が真っ白になり、やはり「飛び降りなくてはならない!」という強い衝動にかられて飛び降りてしまったそうです。
精神医学では、死にたい気持ちのことを希死念慮と呼び、主にうつ病などの精神疾患の症状として現れます。希死念慮に取り憑かれると、普段からぼんやり消えていなくなりたい気持ちがついて回り、何かの拍子に衝動的に大きくなることを繰り返します。
そして、理性が衝動に負けてしまった時に実行に移されてしまいます。まるで人生のどこかの時点で死神に取り憑かれ、心が弱ったタイミングで死神が暴れ出す感じです。
実は、希死念慮を自分の心の内側の存在ではなく、死神のような心の外の存在として考えることは、治療的にも効果があります。これを精神医学では「外在化(がいざいか)」と呼びます。抱えている葛藤を外に表現することで、葛藤が軽くなる現象です。
漫画「デスノート」にリュークという死神が主人公の横にいますが、希死念慮をそんなイメージで捉えることは治療的に意味があります。希死念慮を感じたら、「死神がやってきた」と客観的に考えることで、衝動を抑えることができるのです。
今回の記事では、どんな人が希死念慮を感じやすいのかを説明しましょう。なぜ死神に取り憑かれてしまうのか、その理由を解明したいと思います。これをもとに、外在化を使った希死念慮の扱い方も解説します。
1 自分が迷惑な存在と感じている
自殺の原因というと、貧困、健康の悩み、いじめ被害などを思い浮かべる人が多いと思います。ところが自殺の70%以上には遺書がなく、具体的な原因はほとんど分かりません。
そうした中、自殺未遂をした人にインタビューをした世界的な調査があり、それによると自殺を試みる人に共通する心理状態が分かりました。それは、「自分の存在が周りに迷惑をかけている」と感じていることです。
自分に生きている価値を見つけられないどころか、家族や社会にとって邪魔な存在と感じることが自殺に最も近づきやすい心の状態なのです。
これを「無価値感」と呼びます。挫折、失敗、いじめなどのさまざまな理由を通して、「どうせ私は必要のない存在だ」、「生きている価値はない」と感じることが大変危険な状態なのです。
特に無価値感を感じやすいのは、うつ病などの精神疾患がある場合です。調査でも自殺者の90%以上に精神疾患があったことが知られています。特に統合失調症・双極症・うつ病の症状として多く見られます。
無価値感は、子供の頃に親から大切にされなかった体験や、学校でのいじめの体験なども影響します。
家庭や学校で酷い仕打ちを受けた体験は、「お前なんか生きる必要がない」と子供の頃から言われ続けたようなものです。そうなれば、無価値感が心に刷り込まれてしまうのは当然と理解できるでしょう。
このように、自分の存在を否定するようになると、希死念慮を感じるようになります。「自分はいらない存在」と感じることから、死神が近寄って来るということです。
2 人とのつながりがない
さらに調査によると、「家族や友達など、信頼していた人から裏切られる」、「大切な人や存在がいなくなる」といったような、人との絆がなくなった状況も自殺のリスクが高くなることが分かりました。
人のつながりもなくなって、家庭・学校・職場などで孤独な立場になると希死念慮が湧いてくることがあるのです。死神は孤独を感じている人のもとに訪ねてきます。
また、無価値感のある人は自分から人を避けてしまいがちです。普通ならば人に助けを求めるべき辛い場面でも、「迷惑をかけてしまう」といって助けを求めません。無価値感のある人は死神に好かれてしまうのです。
3 トラウマを抱えている
過去の心の傷を通して死神がやってくることもあります。例えば、虐待やいじめの体験が大人になってフラッシュバックすることで希死念慮が湧いてきます。
過去のトラウマを思い起こさせるような場面に出くわす、映像を見るといった些細なことが引き金になる場合もあるでしょう。
なかには、数年、数十年経ってから何かの拍子にフラッシュバックに襲われ、希死念慮を感じるようになる人もいます。このように、過去の心の傷を通して死神がやってくることもあるのです。
4 アルコールや違法な薬物の摂取
自殺の衝動を抑えるのは理性の力です。理性が弱っていると、死神の説得に負けてしまいます。
アルコールや違法な薬物は理性を弱らせてしまうので、希死念慮がある時に摂取することは避けるべきです。理性を失い死神の思いのままになってしまいます。
死神は、理性が弱って思い通りになる人が好きです。特に酒飲みが大好きです。
私たちは、出会いを「縁」という言葉で表現しますが、縁とは仏教の「因縁生起(いんねんしょうき)」という言葉から来ています。これは、あらゆるものには原因があり、つながりがあるという考え方です。
どんな人でも、自然の摂理の中で、必要だから産まれて来て、すべての存在がつながっています。世の中に生きる価値のない人はいません。
自分のことを「必要のない存在」、「迷惑な存在」と感じるのは、子供の頃に人から大切にされなかった体験の影響が大きいのです。いまは感じていなくても、将来必ず誰かの必要な存在になることでしょう。
最初にも説明した通り、希死念慮があるならば、外在化してリュークのような死神と考えてください。死神が来て、「生きる価値がないよ」、「いなくなった方がいいよ」と囁かれても、聞き流すのが良いでしょう。
そこで深く考えると、死神はよけいに親しく近づいてきます。「また来ているな」と見て見ぬふりをして慌てないことが一番賢い選択です。こちらが慌てなければ、死神は何も手出しはできないはずです。見えないストーカーとでも考えれば良いのです。
そして、自分で対処できない時は誰かに助けを求めましょう。ストーカーされたら警察に相談するように、死神が来たら公的な電話相談や精神科を訪ねてみてください。
実際のところ死神の正体は分かりません。しかし、もし私たちが自分の存在を否定し、人とのつながりを失った時にどこからかやってきて、命を奪おうとする詐欺師のような存在です。
世の中に必要のない人はいませんから、死神が言う「お前は必要ない」という言葉は嘘です。死神の言葉に騙されないようにしましょう。
